discover essei mind  photo

浪曲いいね、それを記事に、ところが写真がなくて困ってしまった

投稿日:

目次

ブログ、記事だけじや見てもらえない

メディア、
とても面白いが、
記事だけじゃ見てもらえない
やっぱり写真重用だよね
ところが、
今回は困ってしまった。

アイキャッチに使う写真がない

イメージすら浮かんでこない…
さてどうするか…
ハハハ…

いきなりこんなことを書いても何いってんのか分かんないよね

説明すると
YouTubeで遊んでて、
浪曲?と思ってクリックしたの
そうしたら
それが面白くて、
すっかりハマってしまったの
で、
そのことを書こうと思ったのだけど、
写真はと思った瞬間、
イメージすら浮かんでこなくて困ってしまったというおはなし
で、

アイキャッチどうするんだ、

結論として使ったのが、
コレクションの中から探し出した、この写真
なぜ、これか(アップした写真か)

なぜこの写真

それは
聞いて感動したのが「瞼の母」という浪曲で
幼い頃に分かれた母を探して、
「もしも母が不憫な暮らしをしていたら…」
そう思ってコツコツと貯めた100両を懐に、
たずねたずねていくのだけれど
母は再婚していて、
いい暮らしをしてるの
ところが、
息子の忠太郎は渡世人、
母は
「たかりに来たな」と思って、
店の暖簾を守るために、
「そんな人は知らない」
そう言っておい返すの
切ない思いで涙ぼろぼろ流しながら、
帰っていく忠太郎
その忠太郎の姿を偶然、
目にした妹
家に帰って母を見ると母もやはり
で、
二人で忠太郎の後を追うのだけれど、
「あっしの母は、閉じた瞼のなかに」という物語りだったから

バスの中で浪曲聞いて涙があふれて困ってしまった

浪曲

三味線を伴奏に、
これを、
唄と語り、
独特の節回しで演じて聞かせるのだが、
バスの中で聞いていて、
涙が溢れて困ってしまった。

お話は全体で20分位か
だけど、
あれほど、
心の中を浮き彫りする手法はないと思う程素晴らしいもので感動してしまったの。
番場の忠太郎 (ばんばのちゅうたろう)はヤクザ
今回は、
その一点に的を絞って、
ヤクザが連想できる写真をコレクションの中から探し出したのだけれど、
やっぱりコレクション大切だよね…
村田英雄の「無法松」もやっぱり、
涙なくしては聞けなかった。
浪曲、
いいねぇ、
すっかりファンになってしまった。
ところで、
浪曲と浪花節違うの
つい気になったので調べてみた、

浪曲と浪花節、同じものだが、厳密に言えば、微妙に違うらしいが…

名称は「浪花節」が最初で、
その別称として浪曲といわれていたらしい。
日本百科全書(ジャポニカ)によると、

浪花節、浪曲ともいう。

曲氏の弾く三味線を伴奏に節をつけて歌う部分と、
啖呵(たんか)と呼ばれる語りや対話の部分を
一人で口演する唄入りの芸と。
江戸末期に関西方面で大道芸として体(たい)をなし始め、
明治期に寄席(よせ)芸となって発展・普及し庶民に広く愛好されたるようになったと。

古いレコード盤、投げて遊んで、もたいないことを

岡山の家(母の実家)には、ハンドルでネジを巻く蓄音機があって、
扉を開けると、寅蔵など、大判のレコードがいっぱい入っていた。
そのレコード、円盤投げとしょうして無茶苦茶にしてしまったのが悔やまれる

-discover, essei, mind , photo

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

写真を愉しむ 古いフイルムの中を旅する 沙漠で出会った僕の友達 

写真って、本当に楽しい…
二度と再び撮ることのできない思い出だから…

スマホカメラを愉しむ 東京の住宅街に朴の実が 

なんと珍しい 東京の住宅街に朴の実が 雅督 秋だねぇ 昔むかし、飛騨高山に行った時、 泊まった旅館で出された朝食に、小さな七輪に網を乗せ その上に朴の葉を乗せ、お味噌を焼いて食べたのを思い出した だか …

スマホカメラを愉しむ なんとなく気合を感じる仏様

石仏で
テレパシーで会話
それが愉しい

写真を愉しむ その時 その瞬間にしか見えない世界がある。こういう世界、とても好きなの

美しい…
今僕は君に出会った…
君は最高のほほ笑みで僕に何かを訴えてくる…
ありがとう
僕は君のそのほほ笑みを忘れな
美しい君のほほ笑みを…

スマホカメラを愉しむ 古の水琴窟の音を楽しむ

「ねぇねぇ次はみどりの里だって、公園みたいだね、降りようか」
そう言っておりたのだが、
公園らしきものは何もない
道行く人に
「みどりの里ってどこですか」と尋ねると
「あれです。あの老人ホームです」
公園かと思ったら老人ホーム 二人とも高齢者
笑いが止まらなくなってしまった。

広告