essei phone photo

写真を愉しむ 時にこうしてコレクションの中から古い写真を撮り出して…

投稿日:

写真には、撮ったその時の空気感
アトモスフィアが写っている
写真を見ながら、
それを感じるのがまた楽しい
ハハ、記録写真だよ…
大したものないよ─という意味で、
よくそんなことを言っていたけどね、
その記録が愉しいと、僕は今 思っているのである
懐かしいねぇ…
若い頃、写真仲間と
「写真は記録か芸術か」なんんてね、酒を呑みながら夜通しで…
今や そんなことどうでもいいことなのにね…(笑い)
写真を見ていると、
そんなことまでも、思いだされるの…
写真は本当に楽しい、
だって、これ程綿密にその時代の空気感が記録されたものはは
ないのだもの…

-essei, phone, photo

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

スマホカメラを愉しむ 枯葉(AutunnLeaves) マイルス・デイヴィスを聴きながら

朗読の面白さこの気づきも大切だった
それを教えてくれたのが
このところハマっている
「癒しの朗読 山本周五郎」の読み手
アリアさんだった。
ゆったりと落ち着いた声でリズムがよく、
丁寧にゆったりと読む
その朗読は心にズーと入ってきて、
まるで映画を見ているように映像が脳裏に浮んでくるいのである。
そして
この朗読を何回も何回も聴いていると
一回目よりは2回目
さらに3回目と回数が増えるにしたがって
言葉と言葉の間の言葉
(本当はないもの)
が感じられるよになり、
さらに表の言葉ではない言葉
(作者は何をいいたかったのか)
というようなものが、
分るような気がしてくるのである
そう最初はストーリーの面白さに心奪われていたものが、
そういうことが分ってくると、益々楽しくなってきてね…
「そうか 道とはこういうことなのか」
というのを教えられた
そんな気がしたのである…
これは凄い発見
そう思った…
この落ち葉(写真)も多分、
おそらく
普通では撮らなかったと思う
しかし、
僕の脳裏には表面の世界とは違うものが見えていて、
その声に従って撮ったのがこの写真
いいか悪いかはわからないが、
サムシンエルス
(もう一つの発見)
の意味がようやく分かってきた
そんな気がしているのである

写真を愉しむ 開けてはいけない パンドラの箱 つい開けてしまった もうやるっきゃないな 

「写真造形展」というのをやったことがあるの
写真は全倍にするから、先生の進める写真屋さんに
ネガを持ち込んでプリントしてもらったの
そうしたら、写真屋から先生のところに電話が行って
「先生無茶ですよ、あんな真っ黒のネガ…」
でも先生は言った
「やってごらんよ、凄い写真になるから」と
先生にそう言われて写真屋さん 渋々プリントした
そして写真を取りにいくと
「驚いたなぁ、あのネガから、こんな写真が出てくるなんて」
そんなことを言われたのを覚えている
そんなこんなでコンポラ写真にスッカリはまちゃったの…
本当に楽しい時代だった

かるかんの季節か 昨日元ビジネスパートナーの女性が持ってきてくれたの

かるかん 僕が好きなのを知っていて
買ってきてくれたんだけど
記憶の中にあるお菓子は
単なるお菓子ではなく
思い出も同時に運んでくれるから一層
胸に響くよねぇ…

スマホカメラを愉しむ 冬枯れも 光ほのぼのまた魅力

昨日知り合いから
「新年会兼ねて一杯いくか…」
一人じゃつまらないからそう言って誘ってくるの
「その日は僕は自由だから
 いつでも 何処にでも…」
そう言ってメールを返すと
「場所と時間は追って連絡する。
ついでに写真集
“そら空宇宙“3冊持って来て」と
「残念
 今1冊しか持ってない」
そういってメールを返すと
「じゃ取りあえず1冊もってきて2冊は後でいいからと…」
嬉しいね…
今日も愉し
明日も愉し
今日1日頑張ればまた連休…
それもまた楽し…(笑い)なのである

写真を愉しむ 「一人静」この花の名前には、大変な物語りがあったのだ

吉野山 峰の白雪踏み分けて 入にし人の跡のぞ恋しき
義経が奥州平泉に落ち延びた後、
吉野山で捕らえられ、鎌倉に護送され、
頼朝に強要され、鶴岡八幡宮で踊りに合わせて読んだ和歌とか
静かなのに華やかで、しかしどこかに寂しさが漂うのは、そういうことか…
写真は楽しい、いろんなことを勉強させてくれるから…

広告


 

名前:クボッチ

写真好き トレンドを中心に書いていきます