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深山幽谷 まるで漢詩の世界 雨が創ってくれた風景なんだけど、好きだなこういう写真

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写真は悪条件で撮れ

昔先生(石津良介)がよく行っていた
「作品作りには悪条件がいい」
悪条件とは
逆光で撮る
雨だから撮る
霧の中で撮る
夜に撮る
雪の中で撮る
いろいろあるけれど
悪条件というのは、
費日常的で神秘的な雰囲気が出せるのである。

逆光、
シルエットのポートレート
なんとなくレンブラントの絵が想像できる

雨、
そこに車のライトが当たって光る雨の中の女性なんていいよね

夜の風景は汚いものを隠してくれる

だからそういう写真ばかり捕ってた時期もあったよ
先生のところに行くと奥さんがよく言っていた
「今日は雨だから先生ご在宅、そう思ってきたのだけれど…」
(アポイントメントなんて言葉がまだない時代である)
奥さん
「すみません、それが雨だから写真を撮りに行ったんです」
懐かしいエピソードである
だが、この言葉は神髄と僕は思っているのである。

アマチュア時代 二回位かな公募展に応募して賞を頂いたことがある。

その写真は夜とか雨の中で撮ったものだった。
コンテンポラリーフォトグラフィー
(意識的欠陥写真)が全盛の頃だった。

振り返ってみると

トライXという白黒のフイルムを入れて、
ほとんどノーファインダーで
「ハッと思ったらシャッターを切っている」
そんな感じで撮っていくのだけれど
露出計なんか使わないで適当で…
そうして撮った写真を高温の現像液に入れてて…
(写真の常識から言えばもう無茶苦茶)
ところがそれが素敵な写真をつくってくれるんだなぁ

そういう中から何点かを選び公募展に応募したの

全倍という大きなサイズのプリントにして
そういう時には写真屋さんにプリントしてもらうのだが
ネガを先生の知り合いの写真屋さんに持ち込んだところ
「先生 あれは無理ですよ無茶苦茶だもん」
そう言って先生のところに電話が来たらしい
しかし先生は
「イヤ、大丈夫、仕上がりを見れば分かるよ」
そういって焼いてもらったのだが
出来上がったプリントを受け取りにいくと
「驚いたよ あのネガからこんな写真ができるなんて…」
コンテンポラリーも初期の頃で、
岡山の田舎では誰もそんなことしてなかっつぃ(笑い)
その写真が入賞ししたのだが、
以来公募展というものには参加していないのだが、
思い出として残っているのである。

アップした写真
なんとなく仙人の住む山
そんな感じがするんだけれど、
雨でなければ出ない雰囲気だよね…(笑い)…
いいねぇ…
雨の日には雨を愉しむ
好きだな
この言葉…

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