discover photo

ブドウを見ると つい「ひと房の葡萄」という小説のタイトルが…読んだことないけれど

投稿日:

目次

誘惑に負けてつい

八百屋の店先に並んでいるのを見ると、
「ブドウかぁ」
「美味しそうだな」
と思いながらも
値段を見ると、
なかなか買う気になれなくて
ずっと我慢していたのだけれど
つい誘惑にまけて…(笑い)
ひと房のブドウ
買っちゃった(そんなに大仰な問題か笑い)
で、
写真撮った後
右手の親指と人指し指でひと粒を軽く摘まんで
キュっと右に捻ねって
その一粒を口に入れ
弾力のある実をグッと噛み締めると
甘酸っぱいブドウの香りとジューシーな爽やかな果汁が
口いっぱいに広がって
「やっぱり美味しいなぁ」とつい…
そしてなぜか慌てて
もうひとつ
もう一つと…(笑い)

僕らが子供の頃に食べていたブドウは
ベリーAーと言って、
巨砲に比べるともっと酸っぱくて糖度もそんなにはなかった
と思うけれど、

実家(母の)の庭の中を流れている川の小さな石橋の上に立って
葡萄の皮をペッと川に吐き出しながら食べている情景が思い出された

調べてみると

ベリーAーあった

正式にはマスカット・ベリーAーというらしい。
新潟の岩の原葡萄園の創始者で
「日本のワインぶどうの父」と呼ばれる川上善兵衛という人が交配して生まれた葡萄(1927年)らしい。
そして1940年生食・醸造用品種として公表され以来全国で栽培されるようになったと
(旬の食材百科)

それにしても凄い記憶だなぁ…
よく名前(葡萄の品種)覚えていたよね(笑い)

次いでだから「ひと房の葡萄」と検索窓に打ち込むと

「一房の葡萄」(ひとふさのぶどう)は
有島武郎の小説(童話)。
雑誌『赤い鳥』1920(大正9年)8月号に掲載された。
その後、
本作を表題作として全4篇を収録した単行本『一房の葡萄』が1922年(大正11年)に叢書文閣より刊行された」と(ウキペディア)

解説を読むと

『一房の葡萄』は、有島が書いた最初の創作童話で、
横浜英和学校(現横浜英和学院)での自身の体験に基づいている。

単行本『一房の葡萄』は、
有島が生前に残した唯一の創作童話集であり、
全4篇中、本作を含む3篇が有島の幼少期の体験に基づくものである。
有島が自ら装幀・挿画を手がけ、自分の3人の子供達に献辞が捧げられている」と
ちょっと興味あるな
一度見てみよう

何か拾い物をした感じ

何気なく葡萄を買い
何気なく写真を撮って
何気なくタイピングしていて今日は
思わぬ発見が
なんか得した気分

今日は土曜日だけど仕事なの
神奈川県の伊勢原まで行かなければいけないの
大山(おおやま)の近く
寄席豆腐が有名なので、
それを買って帰ろうと思ってるのだけれど、
6時21分新宿発の電車に乗らなければいけないの…
帰りはロマンスカーだな…(旅行気分で)

 

 

-discover, photo

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

ツツジって春の花と思っていたのに、何で今頃(12月)

秋に咲く「二季咲ツツジ」という種類のツツジもあるらしい。
季語が重要な俳句では、こういうの、どう扱うのかねぇ
「ツツジ」と書けば春だものねぇ…」
「秋ツツジ」なんて書くと
「あなたねぇ、ツツジは春の季語なの、秋につつじなんてあるわけないでしょう」
「いや、先生、秋にもツツジが咲くんですよ」
「では、狂い咲、まるで私 秋ツツジとでも書けば」
「あ、それいいね、いただき」
最近、シニアクラブに入ったら、いきなり俳句をつくって応募してくださいというので、ただ、575と指を折って言葉を繋いでいるだけなんだけどね、締め切りが近いから、暇さえあればでやってるの…
ボケ防止になって丁度いいよ、
「ボケ防止 詠むのはなぜか 秋ツツジ」(笑い)

スマホカメラで楽しむ 今日の花は柊南天、縁起木らしい

これまでに、
奇跡としか思えないことを何度も経験して助けられてきた僕の人生を振り返ってみると、
もしかしたらそれは、
このお守りのお陰…
そんなように思ったりするのだが、
普段はスッカリ忘れているのだからいい気なもんだよね…(笑い)
そんなことを思うと、
僕に
もう少し信心する心があれば、
少しはましな暮らしが出来ていたかもねぇ…(笑い)
しかし、
今更悔やんでもせんなこと…
楽しい人生だったと思えるだけ
マシと思わなければね…
今日もよろし…
明日もよろし…
それが一番、
そう思っているのである

スマホカメラを愉しむ なんとなくアート なんとなくモダン そしてなんとなくポエジー

このイメージどこから出てきたか僕には分る
この時の僕の脳裏には
山陽新聞社発行のムック本
竹久夢二(栗田勇編)の取材で
イラストレーターの山口はるみさんが持っていた
竹久夢二の「化粧の森」と同じ構図で描かれたボーグ誌の絵を自宅にうかがって撮らさせてもらったことがあるのだが、
おそらくその印象が頭の隅にあって、
写真の風景に出会った瞬間
その記憶が還ってきて、
それで撮ったのではないかと思っているのだ。
感覚って
そういうささいなことが引き金となって湧き起こってくるんだね…
多分
パターンとかモダンとかアートというのを意識しだしたのは、
この本の取材を通じて、
そう思っているから…
そう、
こういう雰囲気
僕は好きなの

スマホカメラを愉しむ 自分の後ろ姿を見るなんて めったにないから

これが僕の生き甲斐なんだよ…
風を感じ
空気を感じ
色を楽しみ
山河を愉しみ
花や風景や
光りや音…
それをいかにしてビジュアルにしようかと…
そして僕の心は
この時何を感じたんだろうと考えるのが楽しいの
で、

栗飯に 舌鼓打つ 夜の秋 風流だね ハハハ 思い込みの世界だけど… 

料理
やっぱり楽しいよね
多少見てくれ悪くても、
プロのものとは一味違う好みのものが食べられる
だから料理は
究極の遊びだね…

栗飯に
舌鼓打つ
夜の秋
それにつけても
一人は侘し