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ブルーキャッツアイ 青い瞳の中に遠い昔の思い出が甦ってきた

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ブルーキャッツアイというのだそう。
澄んだ瞳が美しい。
瞳で思い出したのが、小説「四季夏子」(五木寛之)の扉に書いてあったロシアの詩人の詩。
「君はボスボラスの海を見たか、君の青い瞳の中に僕はボスボラスの海を見た」
いいね。そしてボスボラス、懐かしいねぇ。

イスタンブル、
初めて行った外国。

西洋と東洋の狭間の海峡。

船のデッキで、キャビアの大きな缶詰にスプーンを突っ込み、ビールを飲みながら、ガボッとそれを食べるの。そう、ワイルドに。
遠い昔話。
そんなことを思い出した。

今回の連休は、とても有意義だった

金曜、土曜、日曜と三日連休。
金曜日は、午前中、部屋の片づけをして、コインランドリーで洗濯。
その間にブログを書いて、午後中野新橋でマッサージ(400円)。
帰り、
「これから笹塚に行ってお風呂」
そういうと
「栄湯ですか」とスタッフの男性がすかさず。
「なんで知ってんの」
「僕もよく行きますから」
「あそこいいよね、キレイだし、温泉だし、露天風呂、ワイン湯だとか、ロイヤルハニーとか、濁り酒湯とか…ね」
そんな話をしてると
「いいなぁ、僕も行きたくなっちゃった…」と。

 

銭湯に行くのに電車を乗り継いで、結構高いお風呂代だよね。

電車を乗り継いでお風呂に行って、再びジェットバスでマッサージ

「ああ、天国天国」
と、昔の年よりと同じことをやっぱり言っている(笑い)

新宿に出て、お気に入りのステーキハウスで、小さなフィレでお腹を満たす。
そして、昨日も同じパターン。
ただ、昨日は、時間にゆとりがあったので、かねてより頭の中でゴチャゴチャしていたものを、コンピュータでアウトプット。

これが僕の思考法。こうしていろんなアイディアをひねり出してきた

これは何か。
これは、NOTEというSNSのサービスを使って何をするかを考えたもの。

もう、一か月くらい前になるかな、
知り合いが、僕にはNOTEが相応しいといって、情報をくれたのだが、よく分からないので放っておいたのだけど、まめしば書房さんからメールで
「NOTEはいいかも」と押してくれたので、ちょっと勉強してみようと思ったの。

しかし、パットみただけではよく分らないので、昔からやっている思考法で、ゴチャゴチャの頭の中を描きだしてみたの。

図を作って眺めていると、心が落ち着くんだよね

なんか、よく分らないけれど、こんな図をつくって、眺めていると、妙に落ち着くんだよね。
それを思いだしてやってみたのだけれど、うんなる程…
なんとなく楽しくなりそう、そんな気がしてきた。
でもやっぱり最終的には電子書籍だな。
やっぱり本にするというのは、気持ちがいいもの。
だから、NOTEは、そういう方向の企画を考えなければと思っているのである、

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人間の目をはるかに超えた描写力って、なんか不自然だよね。
こんなことを書くと
「そりゃ、高級機が持てないお前の僻みだろう」と言われるかもしれないけれど、やっぱり、“ゆとり“ ファジーがいいと思う(笑い)
だって、僕という人間そのものが、いい加減なんだもの(笑い)
怪我の功名といううか、いいレンズを見つけたと、内心、喜んでいるのである。