discover essei flower phone photo

スマホカメラを愉しむ 撮った花の写真を見ながら Why did you take a picture of this flowerと問うのが楽しい

投稿日:

目次

写真に理屈はいらない

でもなぜ撮ったんだろうと
考えるの楽しい

「君はこの花に何を見たか」

白とピンクのグラデーションの美しさ
姿
形の美しさ…
いや 違うなぁ…
この位の花ならいくらでもあるよね…
しかし
形と色は切り離せない…
そうか、
やっぱり雰囲気だよね…
そうだ
きっとそうだ…
その感じたものを引き出そうとしたんだね…
きっとそうだ
まちがいない
でもこれ成功してるのかなぁ…
ハハ…
そういうことはどうでもいいんだよ…
なぜならこれは僕のゲームだから…

言葉ってちょっとした言い回しで雰囲気ガラリと変わるんだね

「Why did you take a picture of this flower」
君はこの花の中に何を見たのか
アッ なぜ撮ったかより
What did you see in this flower」
こっちの方がいいな…
ハハ…翻訳アプリ便利がいいね
こうして書けば忘れないだろう…
ハハハ…

僕にとって花は女性なの…

フラフラ歩いていて
なにげなく呼び止められて(惹かれて)
「エッ 何」
「美しいよ」
「そのドレスとってもいい」
と僕
「あら 嬉しいワ…」
「ウン よく似合ってる」
「こんなのどう」
「いいね、そのポーズ…」
「ああ、いい感じ…」
「それそれ それだよ」
風がいろいろと、
ポーズをつくってくれるの…
「どう、いいの撮れた」
「ああ、最高だよ」
「…」
こんな会話しながら撮っているのだけれど、
こんなことを書くと
とうとういかれたな━なんて思われちゃうね…
でも楽しけりゃいいよね…(笑い)

今日はこれから合唱にいくの

そう、誤嚥肺炎予防のトレーニング
今日はその後ちょっと銀行へ
お知らせというのがきて
見ると
全然動かしてない当座に10000円もあるの
これ捨てるのもったいないから引き出そうと思って…
でも、
当座動かすのめんどくさいんだよね
あの難しい字で壱萬円也なんてねぇ(笑い)
たった一万円のためにワザワザ…
ちょっと恥ずかしいけど
そんなことは言ってられないよね…(笑い)

 

-discover, essei, flower, phone, photo

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

スマホカメラを愉しむ チェリーセイジ 何か人生の深いものを教えてくれているような 

スマホカメラ 本当に愉しい
人生のいろいろをまなばせてくれるのだから…

01203248180はみずほ銀行コールセンターでもクチコミ悪評のオンパレードでない方がいいみたい

目次 スマホのSMSに送られてきたメッセージ 次から次によくかかってくるよね迷惑電話 でも電話帳に「営業ダメ」とか「迷惑」と登録しておけば つぎからすぐに切ればいいのでとても助かる メッセージでわざわ …

スマホカメラで遊ぶ オーお前 俺を食べるのか アッいや ただ見ているだけです

水槽から
なんかとんでもない方向に言ってしまったね
あの頃の事
僕の青春時代…
ちょっとまとめてみたいね…
今日も愉し
明日も愉し
こうしてブログ書いていると
あれもしたい
これもしたい
そんな欲求が次つぎに起こって
でも現実にはなかなかできないから
いつの間か
そんな夢も
忘却の彼方へ行ってしまうんだろうなぁ…
でも、
そういう思いが持てるだけで、
僕は幸せなのである…

写真を愉しむ 一雨一雨 暖かさが増していく 可愛いね雪割草 ちょっぴり冷たい風の中で

気晴らしにおでんつくっていたら、それにハマッって

昨日はやるつもりでいたのだが、
気晴らしに“おでん“つくっていたら ついハマちゃって、
牛筋、大根、タコ、筍、コンニャク しいたけ、レンコン…
思いつくものなんでも放り込んで…
さっきお鍋を温めて、
食べてみたらとっても美味しかった
本出汁(スティキク)と昆布、追いガツオのめんつゆ ちょっと入れただけなんだけど、
素材が美味しくしてくれたんだね…
今日も愉し
明日も愉し…
自分の時間を愉しむのが、なんといっても一番…
隠れ家に籠ったつもりで、
そういう雰囲気のする、僕のアパートなのである…

お米の花、ご存知ですか? これ、お米が命を繋ぐその瞬間の写真です

お米の花について詳しく説明すると、
お米の花の雄シベと雌シベは一つの籾の中に同居していて、時期が来ると、その籾がバーと開いて、雄シベが放出した花粉が風によって雌シベにくっつく(風媒花)と文献にはかかれているのだけれど、僕が見たそのシーンは、風という偶然に頼ったものではなく、明らかに意識をもっておこなわれていたのである。