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時計草、そこから今日もまた次々に頭に浮かんでくることを素直に書いて楽しむ

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時計草、そこから連想されたのは映画「時計じかけのオレンジ」だった

時計草 パッションフルーツの花
なんとも面白い花だと思う。

この花を見ると、昔見た映画、
ヌーヴェル・ヴァーグ映画の
「時計じかけのオレンジ」
というタイトルがポンと頭に浮かんできた。

ヌーヴェル・ヴァーグとは、

1950年にフランスで始まった「新しい波」という意味の
一言でいえば実験映画。

思いつくいろんな手法を使って、人間の内面、内なる世界を映像として表現していくというもので、
例えばアリフレックス
(35ミリの映画用カメラ)を手持ちで撮影して、
ブレ、揺れ、ボケなどの効果によって、今までになかった感情を表に出そうという試みの映画で、
ジャンリュック・ゴダールとかミケランジェロ・アントニオーニが、監督として特に有名で、
日本では、大島渚、羽仁進が監督として活躍しており、寺山修司、栗田勇の名前もよく見かけた。

「時計じかけのオレンジ」という映画は確か、
「話の特集」(当時人気の雑誌だった」に栗田勇氏が紹介していた記事を読んで、それで見に行った、そんな記憶がある。が、定かではない。

僕が学生の時代は、昭和40年頃、この時代、何か知らないけれど面白い時代だった、

この頃写真も、コンテンポラリーフォトグラフィーという新しい表現を模索した実験写真が人気で、僕も熱病にかかったように、その路線を求めたのだった。
もしかしたら、今も、その延長にあるのかもしれない…

 

こういうことが、気軽に書けるブログって、本当に楽しい

ブログだからこうやって、記憶を辿りながら断片をポツリポツリ書けばなんとかなる。が、
正式にこういうのを纏めようと思うと、とてもだな。

ブログというメディア、
そういう意味では、本当に素晴らしい媒体だと思う。

何をやっても三日坊主の僕が、毎日こうして書き続けているのは、一人でも二人でも、そこに、読んでくれる人がいるから…
そういう意味で、ブログは今や僕の生き甲斐なのである。

アッダメ、ここまできて思い出した「サイケデリック」

アッ イヤァ━ 懐かしいねぇ。

そうそう、そう言えば、この頃の流行語に「サイケデリック」というのがあった。

幻覚剤によってもたらされる極彩色の渦巻きイメージ、そんな訳の分からない模様がもてはやされ、ファッションや絵画、音楽などに取り入れられた、変な時代だった、
この花(トケイソウ)をみて、そんなことを次々に思いだしたのだった。

 

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