discover essei photo

スマホで撮影万世橋(秋葉原)手持ちでこれだけ撮れるんだから驚くよ

投稿日:

秋葉原万世橋、

いい雰囲気だよねぇ、
「ここはどこ」
「ここはねぇ、フィレンチェ。このアーケード街、見覚えがあるの、随分昔だけどね」
「そんな昔にイタリア行ったの」
「そう、最後のオリエント急行(ワゴンリー)に乗って」
「優雅だねぇ」
「ウン、イスタンブールからロンドンまで、約一か月」
「いいねぇ…」
「うん、とっても良かった」
「その時に見た、フィレンチェのアーケード街のレストランを思い出したの」

実はこの写真、先週の土曜日に撮った写真なの。

上野で知り合いの絵が飾られている東京都美術館で「ドローイングとは何か展」を見た後、上野からアメ横を通って秋葉原までフラフラと。
あっちを見たり、こっちを見たり、
フラフラとゆっくり歩いていたら、秋葉原についた時にはすでに日没。

秋葉原で日没となれば、万世橋の街灯だよね

すると、万世橋街灯というのが脳裏に浮んで撮ったのがこの写真。

古い時代の話をちょっとだけ

フイルム時代の感覚で言えば、この写真を撮るためには、三脚を使うか、フイルムの感度を上げて(ASA1600、3200、撮る段階ではこれは架空、現像で+4とか+5という指示をして増感現像というのをしてもらうの。そのためには、新しいフイルムを入れないと、今まで撮って来たのと混ぜると、今までの写真がダメになるから)撮らなければ、ちゃんと写らなかったの。

写真から推測してデータを割り出してみた

この写真は、写りから推測してASA(ISO)3200でシャッタースピードは30分の1秒(ブレないギリギリのスピード)絞り2.8位か…
スマホは感度もシャッタースピードも絞りも表示されないから、確かめようもないが、多分その位のデータだと思う。

凄いよねぇ、これをカメラが勝手に計算して、ちゃんと写してくれるんだもの。

しかし、しかし、しかし…
幾らて手ブレ防止がついているとはいえ、限界があるので、カメラは両手で持って、一旦上に上げて、脇を絞るようにして体でカメラを支えてブレないようにする配慮は大切だと思う。
ブレると、その効果を狙ったものでないかぎり、失敗写真になってしまうから…

スマホカメラ、本当に便利がいい。

これだけ撮れれば十分だよねぇ、
使うのは、SNSか、挿絵、ポストカードにするか、プリントでもA3位までなら大丈夫だしねぇ…
こういうのを考えると、写ることが貴重な時代にカメラマンやってて良かったと、今さらながらつくづく思う(笑い)
今日もお節介で、講釈を垂れてしまった。
どうでもいいことだけど、知っているとやっぱりいいと思うから(笑い)

-discover, essei, photo

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

関連記事

スマホカメラを愉しむ お洒落な空間でファッショナブルなカレーライスを 美味しかった

今は電子カメラで、
写真撮るの簡単になったが、
仕事となると、やっぱりそうはいかないのである。

深山幽谷 まるで漢詩の世界 雨が創ってくれた風景なんだけど、好きだなこういう写真

アマチュア時代 二回位かな公募展に応募して賞を頂いたことがある。
その写真は夜とか雨の中で撮ったものだった。
コンテンポラリーフォトグラフィー
(意識的欠陥写真)が全盛の頃だった。

振り返ってみると
トライXという白黒のフイルムを入れて、
ほとんどノーファインダーで
「ハッと思ったらシャッターを切っている」
そんな感じで撮っていくのだけれど
露出計なんか使わないで適当で…
そうして撮った写真を高温の現像液に入れてて…
(写真の常識から言えばもう無茶苦茶)
ところがそれが素敵な写真をつくってくれるんだなぁ

そういう中から何点かを選び公募展に応募したの
全倍という大きなサイズのプリントにして
そういう時には写真屋さんにプリントしてもらうのだが
ネガを先生の知り合いの写真屋さんに持ち込んだところ
「先生 あれは無理ですよ無茶苦茶だもん」
そう言って先生のところに電話が来たらしい
しかし先生は
「イヤ、大丈夫、仕上がりを見れば分かるよ」
そういって焼いてもらったのだが
出来上がったプリントを受け取りにいくと
「驚いたよ あのネガからこんな写真ができるなんて…」
コンテンポラリーも初期の頃で、
岡山の田舎では誰もそんなことしてなかっつぃ(笑い)
その写真が入賞ししたのだが、
以来公募展というものには参加していないのだが、
思い出として残っているのである。

スマホカメラを愉しむ 白い薔薇 この白い薔薇を美しいと思ったのはなぜか…

スマホカメラは、僕の記憶のモルグの中に入っていく
タイムマシーンのスイッチなのだ、
しかし、
このスイッチ、自分の意識で、あの時の記憶をといかないのが
難点なのだけどね…
しかししかししかし…
それが却って楽しいのである

スマホカメラを楽しむ カラスウリのオブゼ 枯れた葉っぱも名脇役

詩人とか俳句とか…
長じた人は、こういうフィーリングから言葉を紡ぎだして
創るんだろうねキット…
しかし、残念ながら僕には無理…
何かが生まれそうな、そんな予感はあるのだけれどね…
でもでもでも、
頭にあれば、三上(文章を考えるのに最も都合がよいという3つの場面 馬上 枕上 厠上)で、パッと出てくることもあるかもね…
待つしかない…

スマホカメラを愉しむ 黄金の花 地湧金蓮というのだそう  

僕はいろんな人に助けられ、そしていろんな人が大金をかけて育ててくれたのだが、それはまさに奇跡の連続で、
「どうしてあんなことが起きたのか…」
今さらながらなのだけれど、
そうなると、スピリチュアルの世界へとおのずからいっちゃうよね
で、そんな資料を読み漁っているピークの頃に、鳥取の倉吉に数か月滞在して取材する仕事があり、
その過程で知り合った人から、
「神通力の凄い人」という女性の話を聞き、
神通力の実践者として、その人が亡くなって、
その人(女性)の生きざまを取材で浮き彫りさせ、
僕が研究していたベースの上にそれを乗せて
「野に遺賢在り」(三冬社)という本を書いたところ、これが結構売れちゃって…
精神のありようということに益々興味を持ってきたのだった。
しかし今や後期高齢者、
もはや本を書くようなエネルギーはないけれど、
時々はブログの断片で、そんなことを書いてみたいと思っているのである、

「撮って書いてワヤであ笑える人生日記」
それがたのしくて毎日続けているのである。
写真は楽しい、そして雑文、本当に愉しい
今やこれが僕の生き甲斐なのである…