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イシガキ蝶 美しいねぇ チョウチョはまさに動く花 つくづくそう思う

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素材のデザイン性 それだけで写真は楽しい

どう観てもこれ、花だよねぇ それが飛ぶんだよ
その飛んだ姿を撮ろうと思うんだけれど、
これは難しい…
だったら、
蝶々のその模様をコレクションすればそれもありだよね…
そう思って、
蝶々撮りにいくんだけれどなかなか撮らしてはくれない

台湾には蝶々の宝庫があるらしい

台湾に行けば、
珍しい蝶々がいっぱいいる所があって
「一度そこへ連れて行ってやるよ」
そう言っていた友達は
「いや僕はまだ そこには行きたくない」
という世界に行ってしまったし…
だから多摩動物園に行く位しかできないんだけれど、
結構、夢中にさせられる…

カメラ

さすがにチョウチョはスマホでは無理だね
だって動きが速いんだもの…
飛んでる蝶々撮ろうと思うと、
やっぱり500分の1とか
1000分の1のシャッタースピードがいるの
なぜなら蝶々はゆったりと飛んでいるように見えるけど
羽の動くスピードはものすごく速くて、
シャッタースピードが遅いとブレて溶けてしまうの
止まっている蝶々ならスマホでもいけるけど、
それだってすぐに飛び立ってしまうから、
やっぱりサット構えてパッと撮れる一眼レフがいいよね

僕は基本的に300㎜のレンズに1,5のコンバータを着けるんだけれど、
このコンバータ
ムリムリ動かしているもんだから、
すぐ機嫌が悪くなってイライラさせられるんだけれど、
どうせ暇人だから
「ゆっくり撮ればいいや」と、
それ自体を楽しみながら撮っているのだけれど、
良いカメラ やっぱり欲しいね…(笑い)

写真の蝶々はイシガキ蝶というのだそう

イシガキ蝶は「 石垣蝶」「石崖蝶」「イシガキ蝶」という名前がある
見た感じはお城の石垣を連想させるよね
そもそもは
四国 九州 南西諸島に生息している蝶々だけど、
温暖化によりだんだんと北上しているみたい
しかし 
僕の興味は生態ではなく羽の持つデザインなので、
模様が綺麗に撮れればそれでいいんだけれど、
いざ出くわすと、
目的を忘れて、
飛んでる姿をつい狙ってしまうからややこしくなるんだよね

写真やっぱり目的が大事だね(何を撮るか)

やっぱり写真
目的をキッチリ定めて、
それに徹して撮るのがいいみたい
だって芸術を求めたって、
所詮それは自己満足の世界だから…(笑い)
今日もまた走り書き…
ハハハ習慣だから…(笑い)

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