
鏡はいつも、姿形を映しているだけではない。
心模様までもちゃんと写しているのである。
阿佐ヶ谷から南阿佐ヶ谷へバス通りを歩いて出会った風景。

枯れかけた葉。
赤い実。
そして、薄汚れた壁がつくり出したコンポジション。
なんとなく、自分を見ているよう、そんな気がして。
全体をハイキーに仕上げたのは、
壁の汚れを少しでも和らげようと思ってのこと(笑い)
またさらけ出してしまうには、躊躇してるんだね。
スマホカメラって本当に楽しい。
自分の心の中までも写し出してくれるのだから。
70代の高齢者が毎日の生活を楽しむブログ
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鏡はいつも、姿形を映しているだけではない。
心模様までもちゃんと写しているのである。
阿佐ヶ谷から南阿佐ヶ谷へバス通りを歩いて出会った風景。

枯れかけた葉。
赤い実。
そして、薄汚れた壁がつくり出したコンポジション。
なんとなく、自分を見ているよう、そんな気がして。
全体をハイキーに仕上げたのは、
壁の汚れを少しでも和らげようと思ってのこと(笑い)
またさらけ出してしまうには、躊躇してるんだね。
スマホカメラって本当に楽しい。
自分の心の中までも写し出してくれるのだから。
執筆者:gatokukubo
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鬼ノ城では鉄を精製していた。
鉄を精製するのには水がいる。
熱した鉄を冷やすために使っていた水を(廃液)を近くの川に流していた。
上流で、汚れた水を流せば、下流では作物などができなくなる。
困った村人は、その交渉を吉備津彦の尊にお願いした。
吉備津彦の尊は「よし」と引き受けて交渉に行った。
で、吉備津彦の交渉に、ズラズラとついて行った村人たちが見た光景は、鉄の精製で顔は赤やら青に焼けただれて変色していた。それが、赤鬼、青鬼に見えたという話。
沙漠 そこはまさに別世界だった 何にもない空間 でも数日ここに居れば ヨガも瞑想も必用なくなってくるよ
先生沙漠に3日も行っていれば無我の境地すぐ分かりますよ
沙漠から帰って
しばらくしてから
中村天風(有名な思想家)の鞄持ちだっという合気道の達人お会いにした時
「先生無我の境地を知るには 沙漠に何日か一人で行ってくると一発ですね」
そういうと
「確かにそう」
「そういう極限の所で体験してくれば会得が速い」と。
しかししかししかし…
理屈も掴んで
実際に無我の境地に入るまでならスンナリいけるんだけれど、
その後、
それをどう活かすかが分ってないからどうしようもないね…(笑い)
それでも若い頃は、
呼吸を整え、
イメージすることによって、
思いを現実にしていたこともあったんだけどね…
体力(気力か…)が落ちると、
そのパワーも衰えてくるのか、
最近では、
そういうパワー
必用なくなったからか
いつの間にか忘れてしまっていた…
ハハ…