コラム フォトエッセイ 写真エッセイ 雑記

生きるを感じる  

投稿日:

この写真を見ていると、生きるを感じさせてくれるのである。

道端で見た、咲き残りたる花なのだけど、その花の蜜をむさぼる虫、
その様子を見ていると、
「そうだよね、食べなきゃ、明日がないんだよね」と、つい…
食べるということがいかに大切かを教えられている、そんな気がしたのである。

「花の命は短くて…」

そう言ったのは作家の林芙美子さん。
しかしこの、短いフレーズ、
短い命といいながら、勇気とか希望とか、そういうのを感じさせるので、子供の頃、母から聞いたこの言葉、よく覚えていたのである。

食は文化やファッションではない

食べなければ生きられないというのは、人も同じ。
食べるためには、働かなければならない。
その手段はいろいろだが、その働いた報酬で食品という花に群がっているのが“人”という生き物なのである。
しかし、そういうことをつい忘れてしまって、食をたんなる文化と思っているのでは━と、感じることが、ままあるのである。
イカンイカン、「食は生命の源なのだ」ということを、きっちりと意識しておかなければならにということを、この写真は教えてくれたのだった。

しかし、コロナ下(禍)

=こういう場合、どちらの「か」をつかうのかが分からいが、僕は“禍”よりも“下“の方がいい、そう思うので、「下」を使うことにしている=
で、職を失っている人が多く、自ら命を絶つ人が多いという話を聞いたりすると、無責任なことは言えないなと思ってしまうのである。

フェイクや、個人の主張はここでは無用。キッチリとしたニュースだけを伝えて欲しいと思うのだが、どうなんだろうね…
生きる━そこになにがあるのか分からないが、
生まれた以上は生き抜かなければならない。
しかし、それさえままならない、そういう社会になってしまっている現実がある。
そう思うと、とても悲しい
選挙、本当に本当に本当に真剣に考えなければ━と、つい思ってしまう。そんな状況にあるのが、本当に悲しい

 

-コラム, フォトエッセイ, 写真エッセイ, 雑記

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

茄子・南瓜の煮物といっても、チンで作る簡単料理だけど美味しい

それにしても、料理って、たまに作るととっても楽しい。
これこそクリエイティブの世界、物作りの楽しさだなと、いつも思うのである。
だって料理を作っていると、いつのまにか「無の境地」に入り込んでいて、気持ちがいいんだもの。
何かに集中していると、いつの間にか全てを忘れて無の境地へ。
これを「三昧」というのだそうだが、体験から言葉の意味を考えると、
「ああ、そういうことか」と、よく分る

OHなんとも神秘的… スイレン

目次何とも言えないね、この神秘的な輝き、美しさ 神秘とは行きつくところは、やっぱりタオ(思想)タオとは「道」のこと。ロードではない。茶道、弓道という道のこと 何とも言えないね、この神秘的な輝き、美しさ …

テーブルの上の片づけ、究極の方法、とにかく一旦、下に下ろして何にもなくするだった

最後はやっぱりエイヤー 時間がある時にゆっくりやろう
そんなこんなで、ちょこちょこやってると、時間ばかり浪費して、最後には大きな箱を持ってきて、そこに全部放り込むということになってしまうのだけど、これで、片づけとか整理とか言えるのかねぇ…
でも、見た目は綺麗だよ…
だめだこりゃ、僕には、片づける才能がない。
やっぱり、掃除屋さん頼むしかないかもね…
でも、細かいところは自分でやるしかないしねぇ、
結論、見た目はキレイなったけど、中身はグチャグチャ、
これってまるで僕の人生そのものだなハハハ…

雑文 日記について

目次記憶が撮らせる白いバラアドセンス資格取得は すごいビジネスチャンスを得たということらしい。やっぱりうまい昭和の書き手「日記とは、ペンを手にした瞑想である」串田孫一さんの思いで 記憶が撮らせる白いバ …

西施(古代中国の四大美女の一人)をイメージして撮ったんだけど…

目次想像の元は、芭蕉の 象潟や雨に西施がねぶの花ところでネムはなぜ合歓?「合歓」が用いられた、その理由は 想像の元は、芭蕉の 象潟や雨に西施がねぶの花 西施は中国四大美女のひとり。 持病のため眉をひそ …

広告


 

名前:クボッチ

写真好き トレンドを中心に書いていきます