
そうか 生きるとはそういうことなのか…
どういうこと…
それはそれぞれの人の感性だよ
この姿はロボットにはないね
台地にグッと根を張って…
台地からエネルギーを吸収し
光を受けて…
雨がまた生命を育んでいく…
素晴らしいねぇ…
自然の営み…
タオ…
それは自然から学ぶという教え…

この写真こそ、僕は
生きるのビジュアルと思ったのだった
脚、やっぱり大事だね…
歩かなければ…
70代の高齢者が毎日の生活を楽しむブログ
投稿日:

そうか 生きるとはそういうことなのか…
どういうこと…
それはそれぞれの人の感性だよ
この姿はロボットにはないね
台地にグッと根を張って…
台地からエネルギーを吸収し
光を受けて…
雨がまた生命を育んでいく…
素晴らしいねぇ…
自然の営み…
タオ…
それは自然から学ぶという教え…

この写真こそ、僕は
生きるのビジュアルと思ったのだった
脚、やっぱり大事だね…
歩かなければ…
執筆者:gatokukubo
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写真に「かくあるべき」という定石(概念)はいらない
写真というと、
なぜか皆
「かくあるべき」という概念のようなものを持っていて、
その概念に近づけて撮る方法をハウツーとして書いているのだけれど
「プロの写真のように」とか「こうすれば…」ということを書いた指導書が多いのだけれど、
表現の世界に、
そんな概念(いい写真という基準)はないと僕は思っているのである。
コンテンポラリフォトグラフィー、懐かしいね、今から50年位前か
時代的にはベトナム戦争があって、反戦歌、フォークソングが流行していた頃だった
映画でも、ヌーベルバーグという、フランスで始まった映画運動(新しい波)、例えば35ミリのアリフレックスを手持ちで廻すとかね、写真のコンテンポラリーフオトグラフィーと同じような表現手法が流行していたの。
面白い時代だったねぇ、
若かったし、熱かったし、よく行く喫茶店なんかで、しょっちゅう芸術談義してたよ…
あの雰囲気、好きだったな…
スマホカメラを愉しむ 木が躍っている僕にはそのように見えたものだから
人は遊びを悪く言うけれど、
遊びこそが本当は大切なこと…と
最近特に思うのである…
今日を愉しみ
明日を愉しむ
齢をとってようやくにして
遊びの大切さが分ってきた
そんな気がしているのである
そう考えれば
僕の今までのガタガタの人生にも光明が差してくるのである
そう
全てはこの為の準備だったと…
いいね
本当に安楽院気楽居士…ハハハ