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「涼」 いい言葉だねぇ 涼しさが現れている 好きだなこの漢字

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目に涼しい 昔の人凄いねぇ

今は外はいくら暑くても、
冷房の効いているところに行けば涼しいから、
意識して「涼」を求めなくてもいいけれど、
クーラーのない時代はねぇ
夏の襖の入れ替え
唐紙の襖から竹細工の襖とか
竹の敷物とか
総動員で入れ替えて
その日は朝から大変だった

一仕事した後の一家団欒楽しかったな

でもね、
そうして入れ替えの済んだ座敷で、
井戸で冷やしたスイカなど食べたりすると、
子供心に
日本の文化ってすごいなぁと感じていたものだった。
そう、
どうみても昭和初期か大正時代の黒いちょっと大きな扇風機の首を振るらし
時々団扇で扇ぎながら…

子供の頃の夏の思い出

みんなでそういう時間を過ごすの
結構好きだった…

そう
庭から時おりスーと入ってくる一陣の風に
「アーいい風」と皆がつい…
僕の子供の頃の夏の思い出
文化って、
そのようにして生まれたんだね…
感覚
そう紛れもなく感覚で季節を捉えていたんだもの…
そういう経験があるからかどうかは分からないけれど、
クーラーの冷たい、
どこか人工的なあの空気があまり好きになれなくて
極力クーラーはつけないようにしているのだが、
風がスーと吹き抜ける度に
「ああ 風…」
それがまたいいんだよねぇ…
ところで「涼」という漢字
涼しさを見事に表してたわしていると思い、
その成り立ちを調べてみると

涼という漢字の成り立ち

三水篇は流れる水の象形
京は高い丘の上に建つ家の象徴で
水+高い丘の上の家は良いということから涼しいに転じたと… 
(https://okjiten.jp/kanji1791.html)
ちょっと分り辛いがなる程と…
この漢字好きだな
みるからに涼しくて…
でも最近は
風鈴の音がうるさいから外せ
とか
「セミの声がうるさいから木を切れとか」
そんなクレームが結構あるらしい
でもでもでも
風物詩 大切にしたいよね…
そういえば子供の頃
夏祭り
神社の境内に出る夜店で金魚すくいよくやったよね…
何が目的だったのかは知らないけれど、
夏祭りの神社の境内…
とても楽しい場所だった(笑い)

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