記憶が撮らせる白いバラ
今日は、久保雅督です。
「撮って書いてワヤで笑える人生日記」
にお越しいただきありがとうございます。
今日は雑文です。
昔、フイルム時代に、
フォトライブラリーというのがあっ
写真を預けていると、
時々使われて、
結構な小遣い稼
そのライブラリーで、
白いバラの写真が、よく使われたの
白いバラを見るとついつい撮ってしまうのです。
昔話しついでにもうひとつ
昔 と言っても10年程前のこと。
ある人を取材した
「僕はこれからの時代、ニートが台頭してくると見ている
ニートという言葉が
世間から、1種の差別用語として使わ
聞いた瞬間
エエーと思いました。が、
果たして結果は、どうでしょうか。
今ネットで活躍している人達を見ると、
そういう人が随分
その人達が開催するセミナーがとても人気になって
アドセンス資格取得は
すごいビジネスチャンスを得たということらしい。
そういう人達に言わせると、アドセンスの資格取得は、大きなチャンスを
しかし、それはあくまでチャンスであって、まだ何にも稼
「私は、そんな大きなお金稼ぐ気もないし、そこに何の魅
それに、後に尾をひかない仕事
(例えば制作物の仕事の場合は、納品してしばらくは、大丈夫だったかなという心配事がついて回るから、お礼の電話はしないで下さいと…)
だから、いいのです。
とはい
そう言うと、
「もったいない 先に稼いで後で
ゆっくり好きなことをや
と、20代の若者に説教されてしまいました。
それもまた、楽しからずや…です。
高齢者は、現実と向き合わなければならない
私が若ければそうするかも知れないけれど、
いかんせん、70歳。
後でなんて、悠長なことは言っていられない、
そう、今を楽しむしかないのです(笑い)
やっぱりうまい昭和の書き手
昨日の夜 コーヒーを飲みながら、
アロマセラピーのパイ
(ピーターソンのパイプの中にペパーミントの精油を染み込ませたティ
をくわえ、ぼんやりしていたら、
草柳大蔵の
「花のある人花になる人」(グラフ社)
という
うまい 思わずうなってしまいました。
何がちがうんだろうか。
こういう文章の書ける人は、もう
つい思ってしまいました。
「日記とは、ペンを手にした瞑想である」
その中に次のような文章が
「日記とは、ペンを手にした瞑想である」
といったのはア
日記の中で神と対話するのです。凄い人です。
「生きるということは、日ごとに快癒し、新しくなること
こういう文章に出会うと、ついついメモしてしまいます。
こういう文章を読むのは、やっぱり紙だね、つくづく そ
串田孫一さんの思いで
串田孫一もいいですね、
私の知り会いが国鉄関係(今のJR)
の職員向けの雑誌社をしていて、
串田さんにエッセイをお願いしたことがあります。
記憶に残っているその文章は、次のようなものでした。
「子供の頃、山坂を煙をはきながら必死で登ってゆく汽車の姿を見ながら、大人たちがそれを下り列車と呼ぶのが、僕には理解できなかった…」
うまいなぁと思った、
そんな記憶が甦てきました…。
こんな雑文が自由に書ける、そんな媒体が、私は欲しかったのです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。