野山を歩けば、いつでもどこにでもある花
そんなイメージなのだが、色、形が可愛くて、つい惹きつけられる不思議な花、女性に例えれば、さして美人ではないけれど、不思議と心を惹きつける素敵な女性、優しさと芯の強さを内に秘めたる奥ゆかしさ、そんな雰囲を持った女性、僕の目には、そのように写っているのである…
「山には山のうれいあり
海には海の悲しみや
まして心の花ぞのに
咲しあざみの花ならば」(作詞 横井弘)
まさにまさにまさに、そんな感じ
そして、倍賞千恵子の歌声が、その雰囲気にピッタリ」なの
調べて見ると、写真のあざみは西洋あざみというらしい。
あざみ、種類によって、咲く季節が違うのだそうだけど、井上陽水だって「風あざみ」と、実際にはない種類のあざみをつくっているし…だから、この花に関しては、イメージ捉えていいと僕はオ持っているの(勝手に、その方が都合がいいから 笑い)
ところで不思議なのが、あざみという漢字「薊」
草冠に魚にりっとう、植物なのになぜ魚…
薊という字を分析すれば
そう思って調べて見ると、
草冠は植物、魚は、葉の形が魚の骨のような形をしているから、りっとうは刀で、鋭いということらしい。漢字って面白いね、
都都逸に「櫻という字を分析すれば、二階(貝)の女が気(木)にかかる」というのがあるけれど、薊という字は、「魚という字を分析すれば、鋭い刀で魚をさばき 葉に盛る」
ハハハ…、これではただの説明、頓智が聞かなきゃ都都逸にはならないよね…
都都逸、本当に難しい…
調べていたらこんなのが出てきた。
YAMAKEIというサイト
人類が初めて出会った雑草 アザミ(キク科)
書いているのは、植物学者の稲垣栄洋という人
かいつまんで紹介すると、
アザミは嫌われ者らしい。
神の教えに背いて禁断の果実を食べたアダムとイブ
エデンの園を追い出され、イバラやアザミの生えた中から、果実を見分けて食べなければならなくなったのだと。
その時食べたのがアザミらしい。
ヘー、アザミって、食べられるんだ…
ということで、
「アザミは私たち人類にとって、初めて出会った雑草でもある」と。
アザミの語源は「あざむかれた」
「日本語の「アザミ」という名前、その由来は「あざむ」とか。
あざむには「興ざめする」という意味がある。
美しい花だと思って触れると、トゲがあって驚かされるということらしい。
つまり、「あざむかれた」ということで、「薊」と書くようになったのだと。
調べれば、面白い話がいろいろあるが、今日はこの辺で、だって、今日は仕事だもの…