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水のある風景、いいよね、心が和む、紅葉だけが秋ではないよね

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水のある風景、いいよね、眺めていると、なんとなく、なんとなく、なんとなくだけど、心が和む…

僕がこんなことを言うと、
「お前に、和まさなければいけない、そんなハートがあったのか」
なんて言われそうそうだけど、人は外見だけでは見てはいけない、
そりゃB型の人から
「B型以上にB型と言われる僕だけど、本当はナイーブでデリケートなの…(笑い)」

水と言ってすぐ思い出すのが吉井勇作の
「かにかくに 祇園はこひし寝(ぬ)るときも 枕のしたを水のながるる」

うまいよねぇ…
なんとなく、なんとなく、なんとなく、心に響く
こういう表現が、その場その場でできたら楽しいよね…

仕事が終わった後の仲間との雑談

仕事が終わった後、仲間とビールを飲みながらしゃべっていたらいきなり
「クボさん、ミレーの落穂拾い(おちぼひろい)知ってると一人の人が」
「あんな有名な絵、知らない人なんていないよ」と僕
すると、
「あの絵どう思う」ときたので、
「どういうこと、質問がよく分らない」
そういうと
「あれは、収穫した後に落ちている穀物を拾っているのだけれど、あの土地は他人の土地なの…」
「そういうことか、残念ながら僕には、そういうことには関心がないんだよ」
そう言ってから
「その見方、考え方は極めて現代的だね、あの絵が描かれた時代と今では、時代環境がまったく違うから、そういうのを言うのはナンセンスだと思う、だって、皆、生きるのに必死だったんだよ、しかし大らかだった、そういうところには、誰も目をむけなかった、それでいいのではないの…、大体ね、歴史を時代環境を無視して、現代の感覚で捉えるのはおかしい、僕はそう思っているのだけれどねぇ」
そこに仲のいい画伯がいたんだけれど、
「俺もクボさんと一緒、その時代にはその時代の環境(思考や哲学も踏まえての気運)というのがる、それを無視して、そういうことは論じるべきではない」と。
爺さんが3人寄って、あついね(笑い)
ビールを飲みながらの戯言だから、何を言ってもいいんだけれどね…

ちょっと話がずれたね、途中で気が付いたんだけれど、いきなり修正するの難しから(笑い)

可笑しいね、何か書こうとすると、関連しそうでしない、そんなことがイキなり脳裏を走り出すからつい…
それもまぁ、雑文のひとつの楽しみと思っているんだけどね(笑い)
で、なんだったけ…
そうそう、水のある風景…
なんで水のある風景って、こんなに心を和ませてくれるんだろうねぇ…
眺めていて飽きないのは、動きがあるからかな、
そして、心を和ませるのは、静かだし、見ていると、瞑想状態になって、もう一人の自分、つまり内なる自分と対話しながら、ボンヤリできる環境が水のある風景にはあるからではと、僕は考えたのだけれど、どうだろうか…
写真は、そう心境のビジュアル化(感じたから撮った)だと僕は思っているのだけれどね…
写真は、心に響いたものを記憶する装置、つまり、自分の心のビジュアル化、僕は、そのように思っているのである。

 

 

-discover, essei, event, memory, mind 

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