コラム フォトエッセイ 写真エッセイ 思いつき 雑記

トマト キレイだね、まるで宝石 

投稿日:

目次

今日の課題はトマト。

ブログを始めてから、毎朝、コンピュータを立ち上げ、写真を選び、その写真に合わせて、エッセイを書くというのが僕の一日の始まりなのである。

だから、仕事に行く時は、
大体、7時には家を出るので、4時30分に起き、
コンピュータのスイッチを入れ、
夜に階下のセブンイレブンで買っておいた冷めたコーヒーをゴクンと飲んでから、
「さて今日の課題は」
と、画面を見ながら、頭に浮かんできたフレーズをポツリポツリと打ち込んでいくのだ。

課題の前に、僕のルーチンがきてしまった

そう、基本的にはアドセンスの
「撮って書いてワヤで笑える人生日記」にアップし、
それを、「フェイスブック」でシェアし、
さらにそれをコピペして「NOTE」というSNSに貼りつけて、
そこからさらにインスタグラムにアップしてから、髭を剃り、顔を洗って、チンでコーヒーを温め、お気に入りのパンと、ゴルゴンゾーラ、生野菜で朝食を済ませてというパターンが出来上がっていて、休みの日でも、そのリズムは狂わさないようにしているのである。

昔から言えば、真逆の生活サイクルなんだけど、
習慣って凄いね、
慣れると、そういう生活が苦ではなくなってくるのだから…

そして記事も、こうして毎朝続けていると、勝手に手が動いて、なんとなく形をつくってくれるのである。

この記事、一体、誰が書いているんだろうね…

だって僕は、単なるオペレーターで、指を動かしているだけだもの…

そうい言えば、昔、京都の河井寛次郎記念館を取材した時、
「神様が、僕の身体を使って作らせているというのが寛次郎の口癖でした」というのを、孫娘の学芸員から聞いたのを思い出した。

まあ、僕の書くものは、単なる駄文だけど、感じとしてはそうなのである。

なんだ、黙って聞いてたら、いきなり脱線じゃないか、肝心な課題はどうしたんだよ…

オー、そうだった。
ウン、トマトね…

綺麗だね、
スポットライトが当たって、まるで宝石みたい。
頭の中には「マドンナの宝石」(ポール・モーリア)が流れている。
トマットって、野菜だよね、果物じゃないよね…

でも、このトマト、僕には貴重な果物のように見えるんだけど。

やっぱりデパート一味違う

そういえば、この前、デパ地下に行った時、ミニトマトの特売をしていたので、買ったのだが、これが美味しいのなんのって…
やっぱり、デパート、スーパーとは違うよね、
だって、売り方が違うもの
「サーラッシャイ、ヤスイヨ」と言って売ってるのと、例えばアボガド、
「今日のはちょっと若いので、常温で2日ほどおいて食べてください」と、そう言って売るのでは全然ちがうよね…
だから
「今日はトマト、お買い得ですよ、1袋に2倍入って1袋の値段ですから…」
そう言われてつい買ったのだが、冷やして口に入れた瞬間
「なんだこりゃ…」
口の中で広がるその味に、思わず「OH」と。
そのトマトは、もはや野菜ではなくて果物だった。
で、思ったのである。
デパートにはデパートの誇りがあるのだと…

 

 

-コラム, フォトエッセイ, 写真エッセイ, 思いつき, 雑記

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

みだれ髪 それは、赤裸々な日記なのである

目次 みだれ髪 たった4文字だけど、深い意味がありそう この花を作った人は、美空ひばりの歌を連想したのだろうか、 それとも与謝野晶子の「みだれ髪」を連想したのだろうか… 写真から想像すると、やっぱり、 …

極めてシンプル だが、赤と黒という配色がそう思わせるのか、何かを感じる

目次 究極の美しさとは 美とは、突き詰めれば、無駄なものを排除して、極めてシンプルにした形のことか… それとも、シンプルな配色をいうのか… この絵(写真)赤と黒だけの極めて単純なものなのだけど、何かを …

寒さの中に、何か新しさを感じる、季節は確実に動いている、動きつつあるのだ

目次 年が変わったというだけで、風景までも変わって見える、面白いね 昨年と今年、 年が変わって20日足らずなのに、何か新しい季節の息吹を感じる。 おそらくそれは、ハクモクレンのつぼみが、そう感じさせる …

何事にもリズム リズムの大切さを、友人とその仲間の絵の展覧会を見て思い出した

目次 SNSで写真を見せる時、どうしたら、よりよく見えるかを考えてみた 写真をフェイスブックやインスタグラムなどにアップする時、 どうしたら見栄えがよくなるかを自分なりに研究して、 これと思ったのが、 …

ヘマンサス(多分)それにしても大胆な写真 こう撮るしかなかったという感じ (笑い)

技術、そんなものは習うものじゃないんだよ。
あるレベルまできたら、これをこう表現したいんだけどどうするかというのは自分で考えるものだもの━といつも言っている。
そう言えば、文章も、手垢のついた言葉をずらずら並べても、人を感動させることはできないというのが、いろんな本の随所に書かれていた。
いかに表現するか、それを考えるのが、写真の面白さだと 最近僕はつくづく思うのである。