discover essei event photo

かるかんの季節か 昨日元ビジネスパートナーの女性が持ってきてくれたの

投稿日:

目次

かるかん 僕 好きなの

九州の銘菓がなぜ岡山の僕の家にあったのか、よくは知らないけれど
毎年、
夏になると
大きな四角い箱に入ったかるかんが送られて来ていたの
僕はそれを
「白いカステラ」
そう言って食べていたのだけれど、
この「かるかん」を切る度にお袋が
「西郷さんかるかんの美味しい季節になりましたね」
と、呟いていたの
そのフレーズは
林芙美子が「放浪記」の中で
上野の西郷さんの銅像に向かっていった言葉だというのを知ったのは、
最近なんだけどね…
でも、
なにげなく聞いた
そんな言葉が実は僕の感性の部品になっていたんだなと思うと
お袋の
そういうつぶやきに感謝しなければと
最近
思うようになったのは、
齢のせいなのかな…

近頃 昔の出来事(思い出)が妙に懐かしいの…

一昨日も、
なぜか今も仲がいい同級生の紀ちゃんに用もないのに電話したりしてね…
「ワタシャー(私は)久保君が足を折って松葉杖で通学しょうた時、汽車の中でカバン持ちさせられとったんよ 覚えとる」
「うん覚えているよ」
「家に遊びに行ってピンクの手袋借りて帰ったこともあったね…」
そんな話がなつかしくてね…

最近は駅にイベントホールがあって地方の銘菓売っているらしい

元スタッフの女性の話では
市ヶ谷の駅のイベントホールで売っていたらしい
で、
かるかん 僕が好きなのを知っていて
買ってきてくれたんだけど
記憶の中にあるお菓子は
単なるお菓子ではなく
思い出も同時に運んでくれるから一層
胸に響くよねぇ…
そう言えば

知合いの奥さんから旬を贈ったから楽しんでという写メが

知合いの奥さんなんだけど僕と気が合う女性がいてね…
会ったのは2回位なんだけど時々メールくれるの
体が弱かったんだけど最近元気になったのかな、
3時間位狭山湖周辺を散歩しているんだって
そして地元の高齢の人と仲良くなって一緒に山菜を採りに行ったりしているらしい…
その女性から昨日
「いい筍がとれたから送ったよ」という写真つきのメールが
嬉しいね…

ここの筍 柔らかくてとても美味しいらしい

そうなると
レンチンという訳にはいかないからこれまた知り合いの女性に電話して
「台所を借りることと 見栄のいいお皿を用意しとくように」頼んどいたの。
今日行けるか 明日になるかわからないけれど
刺身、
ステーキ 
醤油と鰹味のシンプルな煮つけ
木の実和え
楽しみだな…
「料理が出来たらインスタグラムにアップします」と伝えているから頑張らなくては…
ここのところ、
こういう感じで毎日がイベント…
旬の食材で料理をつくって写真を撮って楽しんで食べる
そしてそれをブログに書く
毎日がとっても楽しい…
最近知り合いもまた随分増えて
行くところも増えて本当に楽しい…

-discover, essei, event, photo

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

写真撮影、無茶もテクニック、写真はかくあるべきというものはない、いいと思えばそれでいいのだ

コンテンポラリーフォトグラフィー、簡単に言えば、
「意識的欠陥写真」
きれいじゃないから伝わるものがある。
はちゃめちゃだから伝わるものがある。
ボケているから、より感じられる
そんな概念で、意識を表に出す(ビジュアル化する、表現としての写真)の時代がやってきて、本当に楽しかった。

昨日、撮った、この写真を見ながら、コンテンポラリーの頃のことがフと思いだされたのである。
そして思ったのが、
デジタルカメラで、それをやると、お面白いかもしれないということだった。

スマホカメラを愉しむ 撮っておけば iいつか使えることがあるかもしれないと思って

最近
知り合いの俳句に
写真を合わせるという遊びを楽しんでいる。

感性と感性の合わせ技だから、なかなか難しい。
しかし
異質の感性が時があって一つの作品になった時には、
とてつもない喜びが、湧き起こってくるの。

写真を愉しむ マンテビラ 夏物語りともいわれるらしい

「失敗した。もうダメ なるようにしかならない…」
何ん度もそんな失敗を繰り返し、
「まろびつつまろびつつ行く道に…」
なんて手帳に書いたこともあったけれど、
振り返ればすべてが必然
「あれがあったから今があるんんだ」と
歳をとるということは素晴らしいことだね…
人生は本当に楽しい
そして写真も雑文も本当に楽しい
夏物語りいいね…

名前に拘らなければ 料理 何をやっても美味しい お鍋ってやっぱり凄いんだ 

電気圧力鍋も買ってしまった
実は昨日
一昨日に行ったブックオフでみつけて、
3000円だったからつい…
それを買って帰り、
試しに何か作ってみようと思ったのだけれど
冷蔵庫を見たら
中途半端な野菜がいろいろあったし…
これを作ろという明確なイメージがなかったし、
もう7時近かったから
圧力鍋はやめて
ホットプレートの鍋に、
とにかく野菜を放り込んで…
(本当にいいかげん)
そのお陰で
「概念を捨てれば何をやってもいいんだ」
ということを発見したんだから
それはそれで良かったんだけどね…(笑い)

しかししかししかし…
これは凄い発見だった…

スマホカメラを愉しむ 金柑の美味さにつられまたひとつ

上手い写真
そんなものは僕にはいらない
芸術写真
そんなものもいらない
ただ金柑の成っている姿がキッチリと写ってさえいればいい
勿論 感覚的に撮った写真もいいんだけれど、
それは難しいから…
だって、
アンソロジーといことを考えた場合、
統一が難しいからね…
しかし、
キッチリと撮っておけば、まとめ易いからね…(笑い)
そうなの、
これは僕の経験から得たことなのだが、
芸術写真や上手さを求めた、
いわゆる力作は
仕様頻度が少なくなるが、
何気ないものでもキッチリと撮ったものは使い易いのである

広告