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ちょっと不思議な出来事 やっぱり意志って伝わるんだ それもやっぱり虫の知らせか

投稿日:

「虫の知らせ」という言葉にはいいイメージはないのだが、
やっぱり伝わるべきことは伝わってくるんだ。

言葉を変えれば
これもシンクロニシティー(ユング)
(意味のある偶然の一致)

簡単に説明すると

見覚えのない携帯電話番号から昨日
着信があったの。
普段の僕は
知らない電話には出ない主義なのに
その電話に限って
何か心に感じるものがあって
恐る恐るながら出たところ
「久保さんの携帯でしょうか」
という女性の声…

優しくてどこか懐かしい声

なんとなくホッとして
「そうです」
そう言うと
「クボチャン」と言葉が変わって
「ブラジルの〇〇〇〇です」と
聞いた瞬間
「エーッ〇〇〇」
思わず呼び捨てで女性の名前を言うと
「そう」と
「ウワ…」
観劇…
感動…
そして涙…

平凡で他愛ない言葉でも、心がジワーと

「イヤー 久し振り、元気そうだね」
「久保ちゃんも…」
彼女とは学生時代からの友達
どこかの学際で知り合って友達になったのだが、
学生時代から
「日本と外国の文化の懸け橋になりたい」という夢を持っていて
卒業後
裏千家に入って
京都の国際会議場のお茶席で働いている頃に何回か行って
その後結婚して彼女は夫婦でサンパウロへ
「ブラジルセンター」という抹茶を普及する組織を任されて夫婦で…
もう長いよ
何十年行っているのだろう…
その間に僕は二回サンパウロに行っているのだが、
その時大変お世話になったのたのである。
特にベレンからAmazonを経て 
ブラジリアからマットグロッソに行き
そこからさらに600キロ車で走ってパンタナルへ入った取材では
彼女の知り合いのガイドがいてくれたお陰で
取材がスムースに行った体験などもあって、
すっかりお世話になったのである。
その取材で作った本
「野生の大自然パンタナールへ」
(自然は最高のミュージアム」「(詩、写真久保雅督 愛育社)
は彼女がブラジルの新聞に紹介記事を書いてくれたりして、
それが縁で「日本ブラジル協会」の取材を植えたりしたこともあるのだ。
しかし日本とブラジルは地球の裏表
たまに日本に帰った時などに
「クボチャ新宿のピットインに行かない」
などと誘われて会ったりしてたのだが、
もう10年位前かなぁ
「僕が離婚することにした」と報告すると
「それじゃ〇〇さんが可愛そうすぎる」
そういって、
ちょっと叱られて
最後無言で別れたまま音信普通になっていたもんだから

サプライズこれこそまさにサプライズだった

久し振りに女性の声を聴いた時には本当に驚いてしまったの…
声は昔のマッマ
話し方もイントネーションもちっとも変っていない
昨日は仕事中だったので
一旦電話を切って僕の方からかけ直したのだが、
公園のベンチからかけたものだからセミの鳴き声がうるさかったのだけれど、
気がつくと2時間も喋っていた(笑い)

ジャズ お茶 焼き物 エッセイ…彼女との会話について行くための俄か勉強だった

吉祥寺のファンキー 
新宿のピットイン 
水道橋のスインング
おおよそ文化というものに僕が目覚めたのは、
彼女の会話についていくためだった。
小説書かせれば賞をとったり、
いろんな知識に長けていて、
僕にとって彼女は本当にスパーガールだった…
イヤー懐かしいねぇ
嬉しいねぇ…

フイの電話
同時にいろんな思いでが一気に押し寄せてきて…

その思いをなんとか整理してと書き始めたのだけれど、
僕にはやっぱり
思いついたことをただ打ちまくるしかなかった
だから単なるメモなんだけど
記録に残さずにはいられはかったの…
親しいけれど、
そして断片的にポツリポツリと会っているだけの友達なんだけど、
学生時代からの憧れの女性…
書かずにはいられなかったのである

 

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