discover essei flower

綿、綿花、コットンフラワー

投稿日:

だか

ホンワリと、まるで綿菓子

エッ 反対だよね、綿に似たお菓子だから綿菓子だよね(笑い)
縁日にはつきものの、綿菓子
さして美味しいものではないのだけれど、よく買ったよね…
割りばしにフワフワとした綿みたいなのがフンワリついていて、買って食べていると、知り合いが寄ってきて、みんなが摘まんでいくから、アッというまになくなってしまうの(笑い)
なんか、得体の知れない不思議なお菓子だった。

それにしても面白いよね、綿花

そのままカバーをかければ、布団になっちゃうよね…
だから、子供の頃には、綿は工場でつくるものとねぇ…
こんなのが、広い所にバーと咲いていると、美しいよねきっと…
この目で一度、見てみたいと思うが、もう、この歳ではむりかな…
でも、これを撚り(より)をかけて糸にするなんて、いったい、誰が考えたんだろうねぇ…
調べて見ると
H・A・M・A木綿庵(ゆうあん)というというところが、綿の歴史について書いていた。
掻い摘んで紹介すると

綿の歴史

モヘンジョダロの遺跡(紀元前2500年-1500年)で綿布が発見されているらしい。

インド麺はその後、アラビア商人によって、ヨーロッパに伝えられたと。

エジプトも綿の古い産地で、紀元前2500年-1500年とされている。
南アメリカの綿は、ペルーで紀元前1500年頃から利用されており、
ブラジルでも古くから原住民によって利用されてきた歴史があると。

中央アメリカでは紀元前632年に綿が利用されていた記録があるらしい。
中国へは後漢の57~75年頃にインドから綿布が紹介されているが、
綿の種子の栽培は南宋の1125~1162年頃から。

日本で綿が初めて栽培されたのは、桓武天皇の延暦18年(799年)

三河国に漂着したインド人がもたらした種子によるとされている。(『日本後紀』)。
しかし、この種子は1年で絶えてしまったと。
日本の綿が全国に普及するのは戦国時代以降、
経済的栽培が始まったのは16世紀に入ってかららしい
(平凡社『大百科事典』第15巻(1985年発行)1355頁参照 )

 

ワタは紀元前5800年ころのメキシコの遺跡から果実が発掘されている。

ペルーでも前2400年のワカ・プリエタ遺跡から織物の破片が発見されている
一方インドのモヘンジョ・ダーロ遺跡の前3500年の地層から綿糸が発掘されている。
これらのことから、ワタは古代から人間に利用されており、しかもインドとペルーでそれぞれ独自に利用され、織物がつくられていたことが明らかになった…

綿、使い勝手よさそうだものね

フワフワしてあったかそうだし…
そういえば、僕の記憶の中には、
ライフ((Life)は、1936年から2007年までアメリカ合衆国で発行されていた雑誌。写真を中心とした誌面で「グラフ雑誌」と言われる。雑誌)
に掲載されたマーガレット・バークホワイトの裸で糸巻きを回すガンジー(マハトマ・ガンディ)の写真。
何度も何度も、感動してこの写真を見たのを思い出す。

 

-discover, essei, flower

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

関連記事

スマホカメラで撮影、道具として十分使えるということが分かった

高齢者の楽しみとして、経験(写真を上手く見せるコツ)を文字にする
スマホカメラを使いながら、写真を始めた頃のことを思い出しながら、写真をうまく見せるコツ(気が付いたこと)を少しづつ書いていくのもまた楽しい。
高齢になると、何をやっても楽しいのはまさに子供、
こうして書いたことが、一言でも、「ああ、そうか」と、受け止めてもらえれば、とても嬉しい。
いつまで続けられるか分からない連載だけど、とにかくやって見よう、楽しみとして

スマホカメラを愉しむ めぐり逢いて 見しやそれとも知らぬまに雲隠れ夜半の月かな 紫式部 そんな歌を詠みながら

「紫式部」というのだそうだから。
秋になると、紫色の実をつけるらしい。

ということは、今は花は娘盛りということか。

そんな想像するのもまた楽しい。

スマホカメラを愉しむ キーンと張りつめた 若さあふれる攻めの鳴き声に多少の陰りが感じられ秋の気配が感じられる若い頃の目はそんなこと気にもしなかったのに

毎日こうして書いているからこそ、
気づく発見もあるのだ。

スマホカメラを愉しむ なんとなく ちょいと気になり スケッチを

本を出すのに出版社はいらない お金もかからない
今年は2冊かな
「写真集  般若心経」(ペーパーバック)
(これは花で宇宙観を表わしそれに般若心経50のフレーズに僕流の解釈をつけたの)
もう一冊は
「そら 空 宇宙」(ペーパーバック)
(感じる心を育むために)
Kindleで出してAmazonで販売しているのだけれど、
少しずつだが、売れているみたい
本作りは僕にとって、
究極の遊びだし
これがあるから
廃人同然の僕でもなんとか尊厳を保っているわけだから、
言葉を変えれば生き甲斐だから
頑張っているのである…(笑い)

ブーチャン、姉の家の猫、人懐っこくて、話していると、いつの間にか現れて会話に入ってくるの

一人身になれば、
「ネコでも居てくれると、気持ちが和らぐ」と、
しかし僕には動物は無理なので、馴染みの喫茶店にいて、話したり笑ったりするのがもっかの処の心のいやし…
やっぱり、人のいるところ、話し相手は必要だね…
つくづく感じるこの頃である

広告