コラム 写真エッセイ 未分類 雑記

なんということのない風景なんだけど、

投稿日:

目次

平凡な風景もたまにはいいか

なんていうことのない風景なのだけれど、前面の木の枝と、黄色い葉っぱが何かを感じさせたんだね
なんちゃって、まるで批評家の発言だなハハハ

いいね、自分の撮った写真を、自分で批評して、
「平凡で、誰でも撮る絵だけれど、晩秋の空気感というのを感じさせるのが、しいて言えばというところかな」
なんて、書いてみるの。

そして自分で新聞を作って例えば

公園のカメラマン
12月中旬の日曜日、公園に行くと、いるわいるわ。
みんなスマホやカメラを持って、楓や柿の葉、銀杏などの色のついた葉っぱを狙って写真を撮っている。
スマホでは、どんな写真を撮っているのかは想像できないが、一眼レフだと、ディスタンス、角度など見て、
「ああ、こういう絵を狙っているんだな」というのが想像できる。
さすがだねと、思う人もいるが、
「そこじゃないだろう、もっと右だろう、否、左だろう、そのレンズじゃあ、そこからは無理だな」と、人の写真を勝手に想像しながら見ているのだが、人それぞれだから、「自分でいい」と思ったらそれでいいんだよと、想像の言葉をクリアーして自分の写真を撮りにいく。

新しいメディアがつくる新しい表現スタイル

フェイスブックや、インスタグラムには多くの写真が掲載されている。
みんな上手い…
そんなところに、
「こんな平凡な写真を」と思いながら、出してみる。
「えっ 嘘だろう、こんなにイイネが入っている」と驚くが、
「そうか、あれは、写真がいいとか悪いとかではなく、見たよということなんだ」と。

年寄りには年寄りの世界があると知るべしだな

インターネット、スマホが普及して、表現の仕方が随分変わってきたような気がする。
電脳写真、電脳文書体 今までになかった、新しいウエーブが出来ていることに驚かされる。
今までの概念を一旦クリアーして、新しい表現に挑戦しようと思うのだが、若者の斬新さ、発想に、ついていくのが難しい。
こういうのを称して、
「年寄りの冷や水」というんだろうね、きっと。

何を強調するか、これが大事なんだね

しかし、何かの本で読んだ
“画家は風景を写生する。キャンバスに描かれた絵は確かに目の前にある風景なのだが、その絵は、画家の目、心というフィルターを通して描かれた絵であって、その人独自の風景になっているのである”
というのを思い出した。
木々の枝を透かして見える近代的な建物とのコントラスト、平凡ではあるが、作家の意図がくみ取れる」

いいね、自分が批評家になって、自分の写真を批評するの。
はは、面白いね、アイディアとしてノートに書いておこう。

-コラム, 写真エッセイ, 未分類, 雑記

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

まるで挿花

目次 華道、生け花、挿花 どれも、花を生けるということなんだけど、 言葉の持つイメージによって、言っていることは同じでも、それぞれ、違う印象になるから面白いね。 僕のイメージでは、 華道は、なんとなく …

ベニヒモの木というのだそう

目次 確かに紐が何本もぶら下がっているよう。 植物園などで、その状況を見ると、アーと思うんだけど、 レンズを向けると、なかなか纏まってくれない。 写真を見て判断すると、 遠近感を圧迫してパターンとして …

アンデスメロン 冷凍しただけでとっても美味しいメロンシャーベットに

目次 外はカチカチだけど、中は美味しいメロンシャーベット ウソーと思うかも知れないけれど、メロン冷凍してカチカチなのに、包丁で切れるの。 そしてそのメロンは とっても美味しい、メロンシャーベットになっ …

パワースポット 金剛の滝 東京で体感できる秘境として人気なのだ

目次 見た瞬間エッと思ったが、見れば見るほど味わい深いものがある 苦労して行って、見た瞬間、想像していた滝よりもはるかに規模が小さくて、 「エッ これ」と思わず言ってしまった。が、 しばらく滝の前にた …

サボテンの花って可愛いよね、長刺白珠丸という名前なんだけど、名前と花とのイメージが合わない

目次 「長刺白珠丸」と書いて 「ちょうしはくじゅまる」と読むのだそう。 これは、サボテンだよねぇ。でも、多肉植物とも。 「サボテン」「多肉植物」 言い方がちがうということは、やっぱり理由があるんだよね …