コラム フォトエッセイ 写真エッセイ 雑記

さがり花

投稿日:

目次

夜咲く花なのに、咲き残っていた

昼、結構遅い時間だったのに咲いていた。
奇跡だね、
いつ来ても、落ちた花しか見えなかったのに、しっかりと咲いている。
これは撮らなければ━そう思ってじっと見ていたら、中年の女性が横に来て
「なんとも言えない、妖艶な花ですねぇ、何回も来ているんだけれど見えたの初めて」
そう声をかけてきたので
「夜に咲く花らしいですよ」
そういうと、
「どうりで、いつ来ても落ちた花ばかりで、一度は見たいと思っていたの。撮っていいですか」というので、
どうぞと、ポジションを空けると、
今、立っている位置から、スマホでパシャンと。
「…」

ディスタンスを考えないと、そう思ったので、ついお節介をしてしまった

どう見ても、その位置よりは、こっちだろうと思ったので、
「ここから、この角度で、こういう風に切り取ってみてください」
「こうですか…」
「うん、もうちょっと、ズーミングして」
「そうそう、そこそこ」
「あっらぁ 素晴らしい、写真って撮る位置によってこんなに違うの、ありがとうございました」
とても喜んでいた。
そうなの、写真って、撮る位置によって、表情がまったく変わってくるの。しかもわずか数センチ、数ミリの差で…やっぱり、何を撮るかということが分からないと、そういうのは分からないよね…

撮り方に法則はないので、自由でいいんだけどね

イヤイヤ、写真はこうでなければならないという法則なんか何もないので、好きに撮ったらいいのだけれど、やっぱりね…

僕は、この花の持つ妖しさ、これを狙ってみたのだけれど、どうだろうか…
「夢は夜開く、なんとなくそんな感じ」
妖しさは、儚さも抱いているので、タイミング的には、丁度良かったのかも知れないね。
花を花として見るか、花を見て、特別の何かを見だすのか、
そんなことを考えながら撮るのが、僕は好きなの、
だって、頼まれて撮ってるのではなく、楽しみとして撮っているのだから…ね
昔、
「専門学校からは芸術家は生まれない」というのを聞いたことがある。が、今頃になって、その言葉の意味が理解できたような気がしてきた。そんな気がする…
秋はやっぱり、哲学がいいね…
哲学?よくわからないけれどハハハ…

-コラム, フォトエッセイ, 写真エッセイ, 雑記

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

欄って本当に面白い。今日の写真は怪傑紫頭巾、僕が勝手に命名した

目次 写真のタイトルは紫頭巾 僕が子供の頃には、映画でもテレビでも (小学校3年の時テレビが家にきた 相撲は吉葉山という力士が横綱で、鏡里、大内山という名前を憶えている。若乃花、栃錦は大関だったか、横 …

ベコニア?シューカイドウ? 写真を撮って検索する度に出てくる解答が違うんだけど 

ベゴニアはシュウカイドウ科ベゴニア属に属する植物です。
約2000種の原種があり、そこから生まれる交配種に至っては星の数ほどあり、
幅広いバリエーションがある」(花郷園)のだそう
シュウカイドウ(秋海棠、学名:Begonia grandis)は、シュウカイドウ科シュウカイドウ属(ベゴニア属)に分類される多年生草本球根植物である。和名は中国名「秋海棠」の音読み。(Weblio辞典)
江戸時代に中国から渡来した帰化植物だそう
こういう説明を読んでも、僕には内容がなかなか理解できないんだよね、そう、詳しくみればみる程、頭の回線がもつれてしまうの。
だから、植物に詳しい人、凄いと敬服してしまう。

ヘマンサス(多分)それにしても大胆な写真 こう撮るしかなかったという感じ (笑い)

技術、そんなものは習うものじゃないんだよ。
あるレベルまできたら、これをこう表現したいんだけどどうするかというのは自分で考えるものだもの━といつも言っている。
そう言えば、文章も、手垢のついた言葉をずらずら並べても、人を感動させることはできないというのが、いろんな本の随所に書かれていた。
いかに表現するか、それを考えるのが、写真の面白さだと 最近僕はつくづく思うのである。

雑文 日記について

目次 記憶が撮らせる白いバラ 今日は、久保雅督です。 「撮って書いてワヤで笑える人生日記」 にお越しいただきありがとうございます。 今日は雑文です。 昔、フイルム時代に、 フォトライブラリーというのが …

阿佐ヶ谷駅前パールセンター 見慣れた風景でも角度や時間によって新鮮に見える。感覚って本当に面白い

目次 この時間、この角度で、この風景を見たのは初めて 学生時代、阿佐ヶ谷(本天沼)に住んでいたから、見慣れた風景なんだけど、 夕方、駅のホームに行ったら、こんなように見えたので、「ヘー」と、 初めて来 …