discover essei event flower photo

マンツーマンで写真の指導、ダリア「プリンセス・ダイアナ」美しいねぇ…

投稿日:

目次

プリンセス・ダイアナ、懐かしいねぇ

調べて見ると、1986年5月8日
オープンカーでパレードするというので、僕も群集に混じって、長いレンズでその姿を捉え、グラビアを飾った。
押し合いへし合いの大変な撮影だったのを、思い出した。

ダリア、プリンセス・ダイアナ、ネーム板に書かれたその文字を見て、つい撮ったのがこの写真。

昨日は天気良かったし、ある女性から、「一緒に写真を撮りに行きませんか」と誘われて、神代植物園へ。
僕はルンルン気分で、女性は、どういうところで、どういう風に撮るかを教わりたいという思いで。

写真を教わりたい、理由はともかくとして、一緒にいりゃ、楽しいよね(笑い)

しかし、シャッターを切る毎に、緊張する。
だって、
「ホラ」
そう言って、モニターを見せ、
「OH」
と言ってもらわなければ駄目なわけだから、そりゃ、力いったよ(笑い)

そういう意味では、写真の指導というのは、難しい。

僕は、大勢の人の指導は何回かしたことがあるが、マンツーマンは初めてなので、指導と言えるのかどうなのかは分らんはいのだけれど、
「写真って、そうやって撮るのか」
という参考位にはなったと思う(自分で自分にそういい聞かせているの笑い)
だって、僕は理屈ではなく感覚で撮るタイプだから、非常に難しいのだ。

ハイ、ここ、言うのはただそれだけ…

「エッ」と、女性
「あの花」
「…」
「ああ
「…」
「どう撮る」と僕
「…」
「違う」
「もう10センチ左」
「あっ、イヤ、そんなに動いちゃだめ」
「写真はデリケートなの」
「カメラ、もう少し俯瞰して」
「そうそう…」
こんな調子でやったんだけど
撮ったのは彼女、
モニターを見ると、
それなりに纏まっていたのは、彼女の腕が良かったから(笑い)

これ撮りたいと思ったのはなぜ、それがポイント

こうして、数時間歩いて気がついたのは、
僕は直線的に、パッと被写体(写す物)に迫っていくのだけど、
彼女の場合は、
撮るものを決めてから考えるの…
だから言ったの
「これ撮りたいと思ったのはなぜ」
「キレいだから」
「どこが…」
「ここ、この光線が」
「だったら、それ、いかにしたら、それが強調できるか、その場所を見つけるの。だから、コレという撮りたいものがあったら、どこから撮るかを考え、身体をそこに持っていくの、これをカメラポジションというんだけれどね、この見極めが命なの…」

こんなわけのわからんことを言われても分らないよね…

それでも彼女は
「あっ、なる程」
そういいながら、なんとなくなんとなく…
だから、撮ったのは彼女の力なのだが、
「ああ、写真って、そうやって撮るのか」という雰囲気、ニュアンスだけは伝わったと思う。

写真を撮りながら気づいたこと

昨日はダリアを中心に撮ったのだが、彼女の撮影、そして多くの人の撮影を見ていて気付いたことは、自分は動かないで、ズーミングで処理をしている人があまりにも多いということ。
それではいい写真にはならない。
やっぱり、デイスタンス、
どの位置から撮れば━というのを見極め、
身体をサッとそこに持っていって、
そこで初めてカメラを構え、ズームで微調整して、ここというところでシャッターを入れる。
そうすれば、もっともっといい写真が撮れるようになる━電車の中で、そんなことを話しながら帰ったのだが、
女性、
「とても勉強になりました」と、
インスタグラムに、その人の写真(作品)が上がってくるのが楽しみである。
別れ際、女性に言った一言は
「写真は足で撮る」だった。

 

-discover, essei, event, flower, photo

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

スマホカメラを愉しむ 小さな恋の物語 なんか人形劇をみているよう

自然の中には、花の中には、色んな物語りの
一場面がある、そういうの見つけるのが亦楽しい
スマホカメラって本当に楽しい
そう、だって、いつだって撮れるから…

写真を愉しむ 青筋アゲハ 素晴らしいデザイ自然界には匠の世界があるようだ

夏バテなのかな、どっと疲れがのしかかってきて、昨日は外に行く気力がまったくなく、一日寝て過ごしたののまだ眠い
壊れてしまたったのかな…(笑い)

さっさと調整しなければだよね…

スマホカメラを愉しむ なんとなくアート なんとなくモダン そしてなんとなくポエジー

このイメージどこから出てきたか僕には分る
この時の僕の脳裏には
山陽新聞社発行のムック本
竹久夢二(栗田勇編)の取材で
イラストレーターの山口はるみさんが持っていた
竹久夢二の「化粧の森」と同じ構図で描かれたボーグ誌の絵を自宅にうかがって撮らさせてもらったことがあるのだが、
おそらくその印象が頭の隅にあって、
写真の風景に出会った瞬間
その記憶が還ってきて、
それで撮ったのではないかと思っているのだ。
感覚って
そういうささいなことが引き金となって湧き起こってくるんだね…
多分
パターンとかモダンとかアートというのを意識しだしたのは、
この本の取材を通じて、
そう思っているから…
そう、
こういう雰囲気
僕は好きなの

写真を愉しむ ナンパする蝶される蝶 誘っているのはどっち

昨日、知り合いの男性からlineが来て、
「8日会える時間を作ってくれませんか」と、
男なので、
「何…」
と一言lineを返したら
「梨を渡そうと思って」
「アッいくいく…」と…
いろんな友達がそう言って来てくれるのが嬉しい

なんか変 やっぱり見慣れた風景が望ましい

見慣れた雰囲気というのが無難
そのように思っているから
このケチャップのボトルには違和感を感じるのである。
もしかしたら
使う人の立場になって
冷蔵庫に格納するのに、
読みやすくしていた方がいい…
そういう配慮があってのことなのかも知れないけれど、
「いらないお節介」と
僕は思ってしまったのである(僕個人としってはだけど)
しかし しかし しかし
考え方だから
「アイディアだよね 助かったわ」という人もいるかもしれないので、なんとも言えないけれどね…