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ブルボフィルム・メデューサエ

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そういうイメージで生けた花みたい。

そういうイメージって何…
だから「メデユーサ」よ。

メデューサって、ギリシャ神話に出てくる、あのメデユーサ(メドウサ)?
そう、蛇の髪の毛を持ち、覗き込むと、石になるという瞳をもつ女神。
言われてみれば、なんとなく、そんな気がする。

いたんだよね、日本にも、いや、レバノンだったかな、「メドウサ」というコードネームを持つ美人のテロリストが。

世界を震撼させた、いろんな事件を起こしている。
逮捕されてその姿を見るまでは、どんな女性なのか想像するしかなかったのだが、
長い黒髪、パンタロンの似合う女性という情報だけで、
神秘的で寡黙で、その目で魅入られると、たちまち男を虜にしてしまうような妖しい雰囲気を持つ女…
そんなイメージを勝手に作り上げていたのだが、
確か、大阪で逮捕され新幹線で東京に移送され、
東京駅を歩く姿がニュースで流れたのを見たと思うのだが、報道陣に向かって、ピースサインだったかな、なんか、指を立てて「イエー」という感じのポーズを取った映像が、あまりにも軽すぎて、
組み立てていたイメージとは真逆で、
「なんとも軽薄な…」」という印象が、記憶として焼き付いてしまったのである。
で、その時思ったのが、
「この女性のどこがメドウサ、そんな雰囲気みじんもない」だった。

メドウサ(メデユーサエ)という名の、この花を見た時に
ヘーと思って、つい撮ったのだが、

この花には神秘性があるから、そういう絵(写真)になったのだと思う

花の写真、何年にもわたって撮っていると、ただ姿、形だけを撮るのでは、指がななか動かなくなって、そこに物語がある(あるように感じるられるもの)を最近は意識して撮っているのだが、
まさに花は僕にとってのタイムマシーンで、
古い記憶を辿りながら、その時々の記憶の記録や思ったこと感じたことを記録する遊び(ブログ)に遭遇して、
これこそが僕にとって究極の遊びと思いながら、こうして毎日綴っているのである。

かつて、大ヒットした本に「知的生活のすすめ」(確かそんなタイトルだった)があるが、ブログを書くということは、僕にとってはまさに「知的生活」
(雰囲気としてそう思っている)。

なんとなくなんとなく、雰囲気として、ファッションとしてそういうスタイルを求める僕には、
ブログはまさにそれで、究極の遊びとなっているのである。
「従然草」いいよね…
やっぱり、あれこそ、究極の遊びだったんだ…いいね、ハハハ…

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丹三郎蕎麦は、古里駅から10分程歩いたところ。

藁葺き屋根の古民家(写真参照)
三間流れの座敷で、冷たい水で絞られた御絞りが、なんとも気持ちがいい。
上がり框を上がって、黒光りのする板の間をちょっと歩くと、そこがお座敷。

11時開店なのに、すでに満席、なくなると売り切れ御免
注文するのは、蕎麦がきと、稚鮎の天ぷら、舞茸の天ぷら、時に鮎の塩焼き、澤乃井の「超辛口」セイロ蕎麦、デザートに冷たいおしるこ。
おしるこは別にして後の品書きは、すべて一人前を二人で食べて丁度いいくらい。
やっぱりいいねぇ、天然のクーラーで、座敷に座って食べる、蕎麦屋の雰囲気。

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