cooking discover essei idea life photo

今日の僕の買い物、ちょっとだけラッキー収入があったから(笑い)

投稿日:2021年12月11日 更新日:

ラッキー収入、わずかでも嬉しい

お風呂の帰り、早速カルディーによって、イタリアンプロシュート、ダナブルのゴルゴンゾーラ、そして、駅の近くの借りテンポ販売で「ちりめんじゃこ」試食させてもらったら気に入って、それを買い。
そして、お餅さらに、新宿駅の墨乃絵で、一つだけ残っていた全粒粉の「粒麦パン」を買って帰った。

こうして書くと、ランダムに買ったようだけど、料理のイメージがあってもことなの…

アバウト、ずさんなようで、結構綿密なんだよ僕は(笑い)

「ほう、どう、綿密なんだよ、それを方程式にしてみろ」
「そりゃ無理だよ、僕は数学からきしだもの(笑い)」
でもね、これらの項目をフローに書いて、そこに+とか-とかの記号を当てはめA+B=○○なんてやると、映画「ビューティフルマインド」の博士のような数式みたいなものは作れるよ。
「じゃぁ、それやって見ろよ」
「エー、いきなり」
「今、やれると行ったじゃん」
「ヨーシ」

まず一番目パンからいくか、

この背後には、実は広島菜の漬物がイメージとしてあるの。
つまり、広島菜の漬物でこのパンを包み込んで食べるの、
イタリアンプロシュートを買ったのもその発想、
プロシュートでパンを包むと美味しいから…

そしてお餅、

これは、やっぱり広島菜だな、
そう海苔の代わりに広島菜の漬物で巻くの

ゴルゴンゾーラ
ゴルゴンゾーラは、パンにもいいんだけれど、僕は、ニッシン製粉の「ぶっこみ飯」(インスタント)にゴルゴンゾーラを入れ、広島菜の漬物を小さく刻んで入れ、そこに、お餅、あるいはパンを焼いて入れるの、
そうするとリゾットのような、オニオングラタンスープのような不思議な食べ物ができるんだけど、これがおいしくてねぇ、
これ、広島菜の漬物がある内でないとできないから…
広島菜の漬物がないときは、野沢菜の漬物で代行するんだけれど、やっぱり広島菜の漬物の方がいいんだよねぇ(笑い)

「じゃぁ、ちりめん雑魚は」

これはねぇ、今朝、お粥に広島菜の漬物を入れて食べた時に思ったの、
「ちりめん雑魚があったら最高」と、
そういうことでこれらの商品を買ったの。
だから、これらの商品にそれぞれAとかBとかつけて、
A+B=Xとかしていけば、それらしくなるでしょう…
実はこの発想を数学博士の佐治晴夫先生を取材した時に、雑談でぶつけてみたら、
「フローがキレイに形が整ったら、それは立派な方程式、考え方として完成しているということ」
そんな答えをいただいたので、考え方に間違いはなかったと、自信を持っているのである。

数学のことはさっぱり分らないけれど、KJ法が好きで、見様見真似でやってよく遊んでいたの。

そうすると、頭の中が整理できて、考えがよくまとまるから…
始めた時は、砂を噛むような訳の分らない問題でも、そうやって遊んでいると「これだ」というのが見えくるの…
以来、困ったら、それをして、進むべき態度を決めていたの…
「おいおい、たかが料理だろう、それもデタラメの…」
「いいじゃない、そうやって楽しむのが好きなんだからハハハ」
「長生きするよ」
「ハハハ、放っとけ…(笑い)」

-cooking, discover, essei, idea, life, photo

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

どこか なにか なぜか寂しい夕暮れ時の風景…

写真から得た物語は

「ちょっとお腹空いたね」
「団子、ちょっと食べようか」
「アッお焼き、私、お焼きがいい、野沢菜」
「でも、蕎麦食べるんでしょう」
「大丈夫、食べられる」
そんな会話が聞こえてきそう…
同じ一日の終わりでも、若者とシニアでは、やはり感じかたが違うんだ。
そりゃそうだ、僕だって現役の頃は、曜日に関係なく、夕暮れが来るのが待ち遠しかったものね(笑い)

名月は15夜の満月だと思うけれど、なぜ13夜…

15夜の月を愛でる風習は、平安時代に中国から渡った風習。
だが、13夜の少しかけた月を愛でるのは、日本独特のものらしい。

ハロウインの飾り、今や国民的行事の秋の収穫祭、ハロウイン

展示されたこういうもの(作品)を見て、
「あっ、これいいな、これいただき」というのはありだと思う。
だから昔の人は「盗む」という表現で、それを表わしたのだと思う。
そういう意味では展覧会やイベントでいい作品を見るのは、いいことだと僕は思っているのである。
そう、
そういうところに行って、心に刺激を与えることがいいことだと思って、時折、そういうところに出向いていくのである。
「全ての芸術は模倣から始まる」という格言もあるしね…

富士山、キレイだねぇ…やっぱり霊峰

富士山には、「カイ(甲斐)でみるよりスルガ(駿河)いい」という言葉があるんだけれど、これは、駿河方面から見た富士山。
真ん中が窪んでいるのですぐ分る。
この窪みは、宝永大噴火の時にできたものらしい。
宝永大噴火(ほうえいだいふんか)は、江戸時代中期の1707年(宝永4年)に起きた富士山の噴火で、富士山の噴火としては最も新しいものでとか。

迂闊 寝すぎてしまった。行けるところまで行ってみよう

修行僧、彼らは何を求めていたのだろうか…
実際に山を歩き、瀧に打たれたりして結果、何を得たのだろうか、…
形あるものではなく精神世界のことだから、理解できない。
修行と言えばなんか凄いことのように思えるけれど、僕に言わせれば、社会人として現実を生き抜く方がいい修行だと思うけどねぇ…

広告


 

名前:クボッチ

写真好き トレンドを中心に書いていきます