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辞典なんだけど、随筆でもある、そんな欲張りな本ができたらいいなと、電子書籍って本当に素晴らしい

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文章を書く時に一番欲しいのが、的確な言葉、表現がすぐに探せがられる辞典

今、書いているここに、どういう言葉をもってきたら、その内容が一番伝わるか。
書いていて、一番難しいのがここ。

一般的にそれを語彙とか、ボキャブラリーというが、感覚的に何かを説明しようとする時に、どういう言葉を選べばいいかでウーンと悩むから、
何かいい方法はないかと考えていたら、

ワインのソムリエ━━というのが、ふっと頭に浮かんできたのである。

ソムリエとは、ワインに精通している人で、言葉によって、それぞれのワインの特徴をお客に伝える職業の人。
そういう知識が頭にあったから、

「ワインのソムリエの人が使う表現辞典というのがあったら便利がいいな」
そう思って、調べたら、えらく高い。
現役で、これから文章を書いて、それで稼ごうというのなら、それでも買うが、すでに現役を退いた高齢者、
そんな高い本は買えないので

「人の言葉を借りるよりも自分でつくった方がいい」
そう思って諦めた。

しかし、心の中に何か引っかかるものがあったんだね、
スッカリ忘れていたけれど、

そう言えば、
「現代の中にいきている宗教用語」
という、エッセイ辞典を作ろうとしてやりかけたことがあったなぁというのを思い出して
コンピューターのモルグから、そのファイルを引張りだしてみた。

現代に生きている宗教用語辞典前書き

「私たちはなぜか、表面的には、宗教とは無関係という顔をしながら、初詣、お宮参り、そして、困難に突き当たると神社仏閣に行って他力にすがる。
ホンネとタテマエを日本人ほど巧みに使い分ける人種はいない。

四季折々の色彩や光、自然の変化、あるいは人と人が交わる微妙な距離感など、日本の文化は、ことばや、物づくりの中に生きている。

その根底にあるのが、生活の一部となっている神道や仏教なのである。

いまでも日常使うことばの中に、本来は仏教のことばが随分あり、そのことばをビジュアルで表現できないだろうかと考えたのが、このシリーズの始まり。

 仏教は、宇宙と人間のかかわりを説いた教えであり、それは、身近な自然の中にある。散歩しながら、
「おやっ」
と思ったものを写真に撮り、当てはめてみると、言葉で表せないものを見事に表現してくれたことから、ますます、のめり込んでコレクションの数を増やしているというのが、舞台裏。

 いずれは本にまとめたいと思っている。」
こんなのがでてきた。

「よし、これも電子書籍だな」

電子書籍、いいよね、自分が頑張って作りさえすれば、ドンドン出版できるんだもの。

もっとも、僕の場合は、原稿まではできても、電子書籍にする技術を持ってないし、マニュアルを読みながら、それをやろうと思っても、
とてもできないので、

「まめしば書房」

という出版社にお願いしてやってもらっているので、気楽だし、気軽に出版企画がたてられるので助かる。

それにしても、やりたいことが次から次に…

しかし、そう思いながらも、時間があるとフラフラと出かけてしまう弱い僕。

困ったもんだと思うが、イカンとも…である。

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技術、そんなものは習うものじゃないんだよ。
あるレベルまできたら、これをこう表現したいんだけどどうするかというのは自分で考えるものだもの━といつも言っている。
そう言えば、文章も、手垢のついた言葉をずらずら並べても、人を感動させることはできないというのが、いろんな本の随所に書かれていた。
いかに表現するか、それを考えるのが、写真の面白さだと 最近僕はつくづく思うのである。