discover essei photo

憧れのライカ、つい買ってしまった。700円 

投稿日:

憧れのライカ、名機中の名機、でも、僕のところにはついに来てくれなかった

ライカ(ドイツ)ハッセルブラッド(スエーデン)リンフォフ(ドイツ)…
名前を聞いただけで、OHと痺れてしまう名機中の名機、ハッセルブラッドとリンフォフは愛用させてもらったが、ライカはついに僕のところにはこなかった。
そんな思いがあったからか、写真のお菓子(カメラの形をした缶の中にパッケージされたチョコレート菓子が5個入っているの)
を見た瞬間に、値段も見ずに
「これください」と(笑い)
それにしてもよく出来ているよねぇ…
机の上においておくと、なんとなく楽しい…

ライカ、いいよねぇ…

小型カメラのライカの出現によって、手持ちでいわゆるスナップ写真が撮れるようになって、写真の概念(動きのある、勢いのある写真が求められるようになった)が一気に変わって、キャンデッドフォト(自然な表情や動きなどを写すこと。真実を伝える、リアリズム)そいう写真が求められるようになったのだから…

ライカと言ってすぐに思い浮かぶのは「決定的的瞬間」のアンリ・カルティエブレッソン

いつもカメラを持っていて、ここしかないという瞬間を撮るの、いつ見ても何度みても素晴らしい。
本当に本当に本当に凄いセンス
有名な話として
「使ったレンズは、生涯を通じて、スタンダードのレンズだけ」という伝説が、
スタンダードのレンズとは、焦点距離50ミリの、普通、カメラを買った時についているレンズ(今はズームレンズが多いから昔の話)で、人間の視覚に近いレンズと言われているのだけれど、実際には、使いずらいレンズ(僕の経験)で、僕はあまり使わなかった。
想像だけど、スタンダードで、ブレッソンのような写真を撮ろうとすると、鋭いフットワークが要求されるが、もしかしたら、トリミングで写真を作っていたのではと想像しているのだが…ライカという名前と同時に出てくる写真家である。

アッダメダメ、こういうのを書き出すと、止まらなくなってしまう、今日は仕事、時間のある時に今度ゆっくりとやろう

今日のお話は、そういうことを考えているというメモ…
カメラの形をしたブリキの缶のおかげで、楽しい閃きが(笑い)
いいカメラはやっぱり素晴らしい、なんたって、形が素晴らしい

 

-discover, essei, photo

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

どこか なにか なぜか寂しい夕暮れ時の風景…

写真から得た物語は

「ちょっとお腹空いたね」
「団子、ちょっと食べようか」
「アッお焼き、私、お焼きがいい、野沢菜」
「でも、蕎麦食べるんでしょう」
「大丈夫、食べられる」
そんな会話が聞こえてきそう…
同じ一日の終わりでも、若者とシニアでは、やはり感じかたが違うんだ。
そりゃそうだ、僕だって現役の頃は、曜日に関係なく、夕暮れが来るのが待ち遠しかったものね(笑い)

写真愉しむ 古いフイルムの中を旅する 沙漠のオアシスに沈む夕陽

沙漠に一気に夜が来る
漆黒の闇…
音もない闇の世界…
一気に恐怖が増してくる
風が吹く
リュックにつけた鈴の音に、髪が逆立ちするような…
三脚をグッと握りしめる…
アッ満月だ、
救われた
月光…
かなり明るい…
月の砂漠をはるばると…
はるか向こうに灯りが見える
よっし、あっちだ…
宿舎についた時には、ほっとして目には涙があふれていた…

スマホカメラを愉しむ 秋の黄昏 ベンチもどこか憂い顔

建物にも物にも顔というのがあって、
そこを撮ると、
美しく見えるというのを教えられたの…
言葉を変えればそれはディスタンス
(どこから撮るかということなんだけれど、いつのまにか、そういうのを直観的に見つける眼(感覚)が身についていたんだね…
「僕はここで何を撮るべきか」
「…」
「やっぱり顔…」
「物にも表情があるんだ」
というのをいつの間にか身につけていたんだね…
でも、
こういうのはね、なかなか教えてくれない
でも、実際には、

こういうことこそハウツーだと思うんだよね…

写真を愉しむ 梅小枝 まるで日本画四十雀

振り返れば人生とは、
その人 それぞれのドキュメンタリー映画をつくるためのもの、
誰に見せるわけでもないが、
ハラハラドキドキの連続ながら、結構楽しい出来上がりになっていると思っているのである…
そう、自分としては…
そんなことを考えると、本当に楽しい…
編集でカットしたいところはいっぱいあるけれどしゃーないね…(笑い)

スマホカメラを楽しむ 今日のテーマは生きる 輝く命

それを見ていると
「よっし」と思わず気合が入ってくるの…
主観というか、
直観を形にする…
そういう方向に僕を導いているのは
そういうこと(心で感じていること)が、
ストレートに話ができる人たちとの会話を楽しんでいるからかも知れない…

日常の何気ない会話の中で…
人を好きになる心であったり…
感じる心であったり…
文学であったり、
写真であったり
食べ物であったり…
そういうものについて
「私はこう感じる」
「私はこう思う」
そう
「僕はこう思う」
「アッ それ一緒 僕もそう思う」
そんな会話…
セッション(心で感じ合う)時間が増えたからではないだろうか…
僕がいく「茶とあん」(阿佐ヶ谷)には、
そういうコミュニケーションを好む人が何人かかいて
出くわすと
「OH」と気軽に声をかけて
「あのね、この前みた映画なんだけどね…」
そんな感じで話が始まるの