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銀杏と栗をつまみに酒をのむ 古人(いにしえびと)の楽しみをまね

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なんでもやってみなければね

山栗
剥くと全体が黄色で、
甘くて美味しいの
銀杏
塩ゆでにして茹でてみた
癖のある銀杏の味がまたいいねぇ…
お酒は冷酒でいただいたんだけど、
いいねぇ…
量は飲めないけれど気分は味わえる…
心はいつしか縄文人なんてねぇ…

味はいいが皮向き大変だった

栗も銀杏も
表の皮は簡単に剥けるが、
栗の場合は渋皮
銀杏の場合は薄皮、
これ剥がすのに手間取ってしまった
本当はもっともっと処理したかったんだけど、
早く飲みたくてハハハ…
途中で止めてしまったの…

残りはどうした…

訊くな
写真は表向きの顔
裏では栗は渋皮をつけたまま
銀杏は薄皮をつけたまま
いい加減だなぁ…
ハハハ…
でもね、
皮 ついていても美味しかったよ…

銀杏茹でたの?

そう
封筒に入れてレンチンもいいんだけれど
レンチンだと、
冷めると硬くなるから
ペンチで軽くヒビをいれ
お鍋で茹でたの
そう、
塩ゆで…
これだと色が楽しめるからね

茹でるの

うん
記憶の底にあるから、
お袋がそうしてたのかも知れないね
栗を頬ばり
その味を楽しみながらグイッと…

一人で飲む酒もおつなもの

いいねぇ…
窓を開けて
冷ややかな秋の風を楽しみながら…
銀杏と栗では
栗の方が味が強いから
瞬間
銀杏は印象が薄れるのだけれど、
二つ三つと口に入れると、
なかなかどうして、
ほろ苦く、
せつなく甘い特有の味と香りが口の中に広がって
いいんだなぁこれが…
こういうのを食べる時はやっぱり日本酒だね…

最近はまっているYouTube

裕次郎の古賀メロディを聴いているんだけど
これがいいんだよねぇ…
飲みながらつい
「初恋の
涙にしのぶ
花びらを
水に流して
なきくらす
ああわれ19の春の夢…」
こんな歌を小声で歌いながら…

昔の唄っていいよねぇ…

ムードが違うんぢょねぇ…
「サーカスの唄」
「国境の町」
一人で飲む酒もなかなかいいねぇ…

そんなことをしていたら電話が

見ると90歳の俳句の先生からだった
「クボチャン私」
「分りますよ先生」
声も艶っぽくて張りがある
「先日はどうも、楽しかったねぇ」
「ハイとっても」
そういうと
「土曜日のお喋り会 来るでしょう」
「ハイ 行きます」
「その確認 18時頃ね 待ってるわよ」と、
初めての参加だからどんな会なのかはわからないが
ちょっとはお洒落していかなければだよね…
未知なるものへの挑戦…
こんなささやかな刺激が楽しいのである
今日も愉し
明日も愉し
今日は休みにしてたんだけど、
どうしてもというので仕方なく…
それも愉しだよね…(笑い)

 

 

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